第37話 縮んでるし
「ママがジョンのTシャツを縮ませちゃったのよー! で、悲しくて泣き叫んでたらアッシュが買ってくれたのー。優しいでしょー?」
「そ、そうですね。優しいですね」
推しのTシャツが台無しになった彼女の気持ちは分かるが、洗濯機を買ってやるなど、どんだけJKに嫌われたくないんかい!と、心の中でアッシュに突っ込みを入れる。
そんなミン・ジウの気も知らないスレイポウは、突然、少しトーンを抑えてボソリと
「あんたも……アッシュのこと、優しいって思うんだ」
「え、まあ、いろいろ買ってくれるのだから優しいのでは?」
「うん、優しいの。でも、私にだけなの。みんなに優しくして欲しいのに」
「あー……」
皆にスレイポウレベルでなんでも買い与えていたら組織は破産ですよと思うが、もう、ここから出て行くのでどうでもいい。
JKの恋バナに付き合っているヒマはないと、言葉をにごして洗濯機のふたを開けると、あり得ない&信じられない光景が目に入った。
(え?)
一度、ふたを閉める。
視線をグルリと回して何かの見間違いだと思い直し、もう一度、そっと
洗濯機に水が張られている。しかし、回された形跡はない。
すなわち、ニットのワンピースが洗われることなく、ただ水に浸っていた。
その水は、埃と
恐る恐る、薄汚れた水に指を入れてワンピース……であろう物をつまみ上げてみる。
重くびしょ濡れのそれは、真っ黒な雑巾にしか見えなかった。
(嘘でしょ⁈)
高級ブランドのワンピースは、いまや、ただの汚い布にその身を落としていた。
思わず声が裏返る。
「ス、ス、スレイポウ⁈ 洗濯されていません! しかも、びしょ濡れのまま!」
「えー? もっと
(せめて濡れてなければ……ニットだし。ネットにすら入ってないし。そもそも水洗いできるか洗濯表示を確認したのか⁈ いや、普通、人の物を黙って洗濯しないでしょ!)
疲れた体がドッと重くなり、目の前がクラクラしてくる。
(アッシュ……
ため息まじりにギュッとワンピースを絞ってみる。当然だがニットは縮み、裏地が申し訳なさそうにピラピラとはみ出ていた。
(ああ〜。唯一の
洗濯機に手をついてめまいをやり過ごす。
自分で買った服ではないが、これが自分の娘だったら、一から家事を仕込んでやると
ふざけたアイドルTシャツの着替えをあきらめ、しかし、なにから身元が割れるか分からないので、小さくたたんで息子の黄色いビニールバックにギュッと押し込んだ。
(縮んでるから入ったよ……)
自虐的にフフッと笑い、肩を落としてスレイポウの部屋を出ようとドアノブに手を掛けた時、そういえば外にはアッシュの側近が待ち構えていたと、思い出す。
(あぶなっ。また、うっかり死角に入るところだった)
先ほど、勢いよくカーテンを開けたことで、自分がこの部屋にいると伝わっているはずだとスナイパーに期待する。
「ちょっと、外の天気を確認させて下さいね」
嫌そうな顔をする部屋の
シ・カ・ク・ハ?
(よし。お願いだからスナイパーちゃん、見ててねー)
祈るような気持ちで窓辺に
庭を見下ろすと、なんと、そこには側近の男が。
鋭い視線でこの部屋を見上げていた。
ミン・ジウは思わず、バッとカーテンを閉める。
(見られた! あいつ、外に……! いや、指文字なんて読めないはず……)
ましてや、韓国語の指文字など読める人間は、この国には数えるほどしかいないだろう。
しかし、なにか合図を送ったと知られてしまった。
(ああ〜、失敗ばかりしてるよ〜。ん、今なら廊下は無人のはず! 今のうちに1階に!)
ミン・ジウは小走りにドアに向かう。
「ん……あなた……電話が鳴ったわよ」
ソウルの夜景を一望できる
「ありがと、ハニ〜」
聞き慣れない男の声に、女は身を起こす。
隣には、ここに寝ていてはいけないはずの男が鼻の下を伸ばして差し出した夫のスマートフォンを受け取っていた。
「キャー!」
女の悲鳴に、夫である代表が寝室に駆け込んで来る。
「ジョン! お前、俺の妻になにしてんだ⁈」
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