第十話(三) 受賞会見

【司会者】

 “それでは時間になりましたので、楠木文学賞の受賞会見を始めさせていただきます。白峰先生への質問は、挙手にてお願いいたします。„


【大手新聞社の山男のような記者】

 “白峰先生、楠木文学賞の受賞おめでとうございます。今回、五回目のノミネートで悲願の受賞となりましたが、『白昼夢が呼んでいる』での受賞を、白峰先生自身はいかがお考えですか?„


「受賞の理由はそうですね……。やっぱり独竜斎どくりゅうさい先生が選考委員じゃなくなったのが一番じゃないですかね。

 あのおじいちゃん、活きのいい若手が出てくるとすぐ嫉妬するでしょ? 八十五にもなって好きな女の子に意地悪する男の子と一緒ですよ。独竜斎塾の誘い断ったの未だに根に持ってるんですかね。

 でも憎めない人です。……これでフォローになってますか?」


【顔色の悪い文芸評論家】

 “白峰先生は大鷄島出身とのですが、今回地元を小説の舞台に選んだのには、なにか特別な理由があるんでしょうか?„


「田舎を舞台にした話を書いてみようと思ったのがきっかけですね。地元の作家だからぶっちゃけますけど、大鷄島って本当になにもないところなんですよ。食べ物と焼酎が美味しいぐらい? 新婚旅行のメッカだなんて呼ばれていたのも、もう何十年も前の話ですし。一番大きな駅に自動改札機が導入されたのも……たしか二、三年前じゃなかったかな?

 でも、正月とかお盆に帰省するといつも懐かしい気持ちになるんですよね。海と山に囲まれた素朴な土地だからでしょうか。作品自体は見切り発車で書き始めたんですけど、いまは大鷄島を舞台にしてよかったなって思っています」


【色っぽい女性フリーライター】

 “今回の受賞で『まどろみ王子』の人気がまたぐんと上がるんじゃないでしょうか。全国の女性ファンに一言お願いします。„


「えーっと、これはどういった意図の質問で? デビュー当時ならまだしも、もう二十五なんで王子って年じゃ……あ、今日タキシードで来ちゃいましたね」


 “会場大爆笑„


「女性のかたに応援していただけるのは、もちろん嬉しいですよ。僕も男ですしね。皆さん、愛しています!」


【司会者】

 “ここ数年、白峰先生をはじめ若手作家の活躍で、若年層にも小説ブームが広がりつつありますが、若手作家のリーダーとして最後にこれからの文学界についてコメントをいただけますか?„


「では、リーダーとして言わせてもらいましょうか。

 いま文学界には大きな流れが生まれつつあります。これは僕だけじゃなくて、第一線で活躍している作家達が日々肌で感じていることです。ここ数年は若手だけじゃなくて、中堅、ベテランからも面白い作品が出ているので、あとはちょっとしたきっかけです。

 爆発的なヒット作が三年以内に二つぐらい出れば、間違いなく時代が変わります。この国に小説の時代がやって来るんです。わくわくしませんか? するでしょ?

 新しい時代がもうすぐ始まるんですから、時代の流れに乗り遅れないように、作家志望の皆さんは新人賞の一つや二つさっさと取っちゃってください。○○文学賞だ、○○大賞だなんて大層なこと言っていますけど、新人賞なんて単なる名刺づくりですよ? 名刺づくりに五年も十年もかけている場合じゃないでしょう?

 出版社も最初はそれなりにいい名刺をたくさんつくってくれますよ。一人の人間に凄い額を投資しているわけですから、稼いでもらわないと困るんです。でも、名刺の面倒を見てくれるのは、いまの時代、三作ぐらいまででしょうね。あとはもう、自分でガンガン仕事を取ってこないと、そのうちリストラされます。もしくは自己都合退職。だって、仕事させるたびに凄い額の赤を出す人間に仕事頼まないでしょう?

 ……とまぁ、こういう話をすると、白峰は商業主義者だの媚売り野郎だの言われちゃうんですけど、いえいえ、それは違いますよ。

 僕が言いたいことはですね、本物の作品はいまを突き抜けて行く、このことです。売れるとか売れないとかそういう次元の話じゃなくて、時代を変えるんです。いままでなかったものが生まれるってそういうことなんですよ。新人賞にしても楠木賞にしても、俺達がこれまで築き上げてきたものをこいつに託せるか、まだ誰も見たことがないようなすげー夢を俺達に見せてくれるか、選ぶ側も実はとんでもない博奕打ちなんですよ。そういう人達に持ってる金を全部賭けさせようってんなら、あなたもまたすげーもんを用意しなきゃいけないんです。まだ誰も書いたことがない作品を、この世界であなたにしか書けない作品を!

 さぁ、そろそろ燃えてきたんじゃないですか? テレビの前の皆さん、いまあなたの目の前に紙とペンはありますか? ありますよね。よし、なら書きましょうよ。紙とペンさえあれば誰だってこの世界に革命を起こすことができるんですよ? こんなに安上がりで、こんなにも偉大な空想遊戯がありますか?

 全国テレビで目立ちたいからってタキシードを決めてきた馬鹿な若造ですけど、もしこの馬鹿の言葉に、あなたがほんの少しでもその気になってくれたら、僕は嬉しい。本望です。この世界に革命を起こせたのなら、今日死んでもいい……。

 僕はずっとそういう気持ちで小説を書いてきました。小説以外にできることがなかった。小説以外のことをしたくなかった。

 だから、いつだってこの作品を書き終えたら明日死んでもいい、そういう作品しか書いてこなかった……。

 皆さんも、いまその胸になにか熱い思いを秘めているのなら書いてください。この世界に本気で喧嘩を売る気がある人達は、何千枚でも何万時間でも、死ぬまで書き続けてください。

 これを書いたらもう俺の中にはなにも残らない、この作品を書き終えたら俺はもう明日死んだっていい、本気でそう信じ切れる作品を書いてください。それ以外は駄作だ。あなた自身は、風と共に塵となって消えていけばいい。それが小説を書くことのすべてです。僕にとっては、間違いなくそういうものです。

 今日はこのような場を用意していただき、本当にありがとうございました。皆さん、とにかく書いてください。話はそれからです」


★★★★★★


 詩織は楠木賞の受賞会見が終わったあと、

「危ないじゃないの!」と母親の怒鳴り声も構わず、階段を駆け上がっていた。

 たしかに災難に見舞われ続けてきた。だが、自分は本当に努力をしてきたか。明日死んでもいいと思える努力を一度でもしたことがあったか。辛いだの苦しいだの言っている場合じゃない。

 白峰先生の熱い涙を忘れるな。貞治さんから渡されたバトンをいま一度心で握り締めろ。

 鼻水を啜りながら原稿用紙を用意して、鼻にティッシュを詰めてからペンを取った。

「小説の時代、書くことのすべて、時代を超える革命児……」

 こんなにも興奮を覚えたのはいつ以来だろうか。

 このときのために温めてきたプロットにじっくりと目を通してから、長い間止まっていた物語を、詩織は再び書き始めた。

「書くぞ。書くぞ。死んでも書き上げてみせる!」


 タイトルは『青い檻が破れてから』

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