第四話(一)

 海の家で働く若者達の青春小説『海と家』


 “主人公は高校二年生の男の子。彼には自分というものがない。流されやすい性格で、夏休みに海の家でバイトをすることになったのも、友達に「人手が足りない」と誘われたからであった。

 海の家に集まった四人の若者達は、それぞれがなんらかの空白を抱え、惰性の日々を過ごしている。四人は同年代の仲間と関わり合いながら、これまでの生きかたについて、そしてこれからをどう生きようかと考えるようになる。

 ひと夏の経験を胸に、「来年また会おうよ」と、彼らは日常へと帰ってゆく。„


 キャッチコピーは『僕らは海に聞いてもらう。これまでのことを、これからのことを』


★★★★★★


 十一月中旬、ついにこの日がやって来た。

 ワークショップの案内状が届いてからというもの、「受験生なのに……」と両親にぶちぶち言われ続けてきたが、十月の実力試験の結果でなんとか説き伏せて、詩織はいま胸を張って市立図書館の小会議室にいる。

 小会議室に集まった参加者は十人。三十人は超えないにしても、地元の天才若手作家のワークショップなのだから、少なくとも二十人は集まると思っていた。ワークショップに興味はあっても、「作品を書いてまでは……」と面倒臭がったのか、それとも作品を最後まで書き上げられなかったのか。少数精鋭と考えれば、この少なさも悪い気はしない。

 参加者は高校生のほうがやや多い。

(あの人が千葉彩子さんかな)

 他の参加者達が「どこ中?」「大学どこ受けるの?」とわいわい話している中で、彼女は眉間に皺を寄せながら文庫本を読んでいた。銀縁眼鏡にいまどき珍しい三つ編みと、絵に描いたような文学少女だ。キリッとした顔立ちといい、ただものではなさそう。

 そして、紺のブレザーは、白峰言葉しらみねことはの母校――大鷄島西高校の制服だ。


 午後二時、ワークショップは時間通りに始まった。

「それでは皆さん、本日の講師、白峰言葉先生に盛大な拍手を」

 参加者達は一斉に手を叩き始めた。プロの作家を目の前に熱のこもった拍手だが、その一方で拍手の傍ら、首を傾げている参加者もいた。

「どうもはじめまして。作家の白峰言葉です」

(著者近影と実物がまるで違う……)と、このとき誰もが思っていただろう。

 余命数ヶ月の文学青年といった、少しかげのある風貌はどこへ行ってしまったのか。長いこと切っていないぼさぼさの髪に、眠そうな顔で首をコキコキ鳴らす姿……、と演台の人物は、まるでズボラな浪人生のようだった。

 世の女性達を虜にしている、あの儚げな斜め四十五度はフォトショップだったのか。

「どうしてこんなだらしない格好なのか言い訳させてもらうとね、うちの五郎おじちゃん――丹馬五郎たんばごろうって怖~い担当がね、いきなりエッセイの仕事ぶっ込んできたから、エナジードリンク片手に朝まで書いてたんだよ。おかげで髪切り行く暇もなくて」

 なんかごめんね、と言いながらも、白峰はスーツの上を脱ぎ出し、「大の大人がこんな見苦しい格好で」とその流れでネクタイも外してしまった。

「館長さん、ワークショップを始める前に十秒チャージしてもいいですか?」

「はぁ」

 館長は先ほどからハンカチで額の汗を頻りに拭っている。

「皆はこんな大人になっちゃ駄目だよ」

 シャツの胸ポケットからゼリー飲料を取り出して、白峰は本当にエネルギーチャージを始めた。

 十秒きっかりにチャージを終えた白峰は、初っ端からグダグダになりかけていたワークショップを、「よし、始めよっか」と何事もなかったかのように仕切り直した。

「今日は僕のワークショップに集まってくれてどうもありがとう。この講座が君達の今後の創作に活きてくれたら嬉しいです。よろしく」

「「よろしくお願いします」」

 参加者達の返事に、「元気があっていいね」と彼はニッと笑みを返して、それから今日の流れをホワイトボードに書いた。


【前半】作家業や出版業界の裏話

・作家という職業

・担当との仁義なき戦い

・作家のSNS 出版界の今後

【後半】優秀作の講評


「ワークショップの前半は、作家業の裏側とか『ここだけの話』を多めにしようかなと思っています。ただ、ここだけの話についてはSNSとかで書かないでね。内容によっちゃ大炎上するから」

 一応釘を刺しながらも、白峰は「それはそれで面白そうだけど」と怪しい笑みを浮かべている。

「ちなみに僕は、SNSの類を一切やっていません」

 ――どうしてですか?

「五郎おじちゃんにするなって言われているからです」

 ――独竜斎どくりゅうさい先生みたいに一日二時間ぐらいエゴサーチしてそうだし、加賀本の馬鹿みたいに真夜中にいきなりカブト虫の画像とかあげてはしゃいでそうだから、お前はSNS絶対するなよ。

 唐突なカブト虫に参加者達は笑った。

「カブト虫云々は笑い話だとしても、作家のイメージ戦略が今後大きく変わってくるのは間違いないです。某出版社では、応募者が新人賞を取った時点で『作家のSNS運用』って勉強会を実施してるみたいだしね。アマチュア時代の発言で燃えちゃう人も割といるから、プロを目指す気があるならいまのうちから気をつけておこう。一番いいのはそんなものしないで原稿書くことだけどね。あはは」

 業界裏話は、書いたら大炎上しそうなものも含めて、面白くためになるものが多かった。

 ――週刊少年雑誌のアンケートシステムを取り入れた小説誌をつくろうなんて話もあるみたいでね、連載を持ったときの安定収入や業界全体に競争が生まれるのはいいことだけど、本格ミステリとか謎解き前で打ち切り決まったら、そこらへんどうするんだろ?

 ――日頃運動不足の作家達を集めて大運動会を開くとか、それをネット配信して儲けようとか……。これは五郎おじちゃんのアイディアね。あの人、こういうことばっか考えてんの。ちなみにこれは来年の秋に実現します。

 他にも文学バラエティ番組や、文学賞の受賞会見はドーム球場を貸し切って観客も入れるだの、未来予想図もここまでくると、どこまで本気で言っているのか分からないものもあったが、「文学界は今後大きく変わっていく」この考えは彼の中で一貫していた。

「作家は書斎にこもって黙々と書けばいい。そういう時代や風潮は、たぶん五年以内に終わるだろうね。よくも悪くも、いままでになかったものがこれから先どんどん生まれてくるはずだから。――僕自身、企んでいることがあるしね」

 最後の思わせぶりな発言が、まさか文学史に残る大事件に繋がっていくとは、このとき誰も思いもしなかっただろう。

「君達が新しい時代の担い手になってくれることを、僕は期待しています」

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