第四章 断筆

第八話(一)

 年明け。

 例年であれば、新年の朝らしくお雑煮を食べたあと、家族揃って午前中に初詣へと出かけるところだ。

 恒例行事も今年に限っては去年の暮れに貞治が亡くなったので、さすがになしだ。まだ四十九日すら経っていない。

(だけど、家にいたって鬱々とするだけだ)

 祖父だって孫が新年から溜め息ばかりついているのを喜びやしないだろう。

 辛いことがあったときこそ気持ち新たに出発するために参拝すべきじゃないだろうか。非常識だとしても、詩織には詩織なりの考えがあった。

 まさか初詣に行くつもりじゃないでしょうね、と玄関に飛んできた母親には「近所を散歩してくるだけ」と適当に嘘をついた。詩織は日に日に、嘘をつくのも本心を隠すのも上手くなってきている。

「もしかしたら本屋に行くかもしれないから、帰りは昼過ぎになると思う」


★★★★★★


 三が日の初日だけあって大鷄島神社にはうんざりするほど人がいた。例年より参拝者が多く感じるのは一人で来たからだろうか。

(十時前でこれか……)

 ニュースでよく観る都会のラッシュアワーと比べれば全然大したことない密集度でも、人混みが苦手な詩織からすれば、四方が人で囲まれているだけで息が詰まりそうだった。

 ようやく拝殿に辿り着いても、後ろが詰まっているのでゆっくり息をついている暇もなく、詩織は百円玉をさっと賽銭箱に投げて、鈴を控えめに鳴らした。

(非常識な孫ですみません)と先に一言謝ってから、詩織は新年の決意を貞治に報告した。

 参拝のあとは、例年ならおみくじを引いて一喜一憂するところ、今年はくじをやめておいた。近頃は三が日のくじからは「凶」を事前に除いておく神社もあるそうだが、大鷄島神社がそうとは限らないし、微妙なくじを引いて年始からケチをつけられるのも癪だった。

 その代わりに絵馬を書いた。


 “大鷄島文学賞一席 大鷄島西高校合格„ 柳間詩織


「……受験がおまけみたいになってる」

 他の絵馬を見ると、『絶対大学受かるぞ』『家内安全』『たっくん今年こそプロポーズして』『今度の人事異動で支店長がよそに飛ばされますように……何卒』

 彼らの願いは(概ね)微笑ましいものだった。

(大鷄島文学賞だなんて書いているのは自分だけだ)

 変わり者な自分に密かに酔っていたら、詩織は思わぬ人物の絵馬を見つけた。


 “高校文学の頂点に立つ„ 大鷄島西高校 千葉彩子


「千葉さん」

 昨年のワークショップで白峰言葉を唸らせた女子高生。この春、大鷄島西高校に合格したら、自分はこの人の後輩になる。

 白峰言葉を相手に堂々と渡り合っていた主役。スポットライトの下で輝く彼女を、あの日はずっと舞台袖から眺めていた。

 ――お情けでサイン貰って悔しくないの?

(私はあのときとは違う)

 彩子の絵馬の隣に、詩織は自分の絵馬を並べた。


 “大鷄島文学賞一席 大鷄島西高校合格„ 柳間詩織

 “高校文学の頂点に立つ„ 大鷄島西高校 千葉彩子

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