第二章 書き始め

第三話(一)

 白峰言葉しらみねことはのワークショップが大鷄島おおとりしま市で行われる。

 大鷄島市出身のこの若手作家は、大鷄島西高校文芸部のOBで、高校卒業と同時にプロデビューを果たし、「せめて大学は出ておけ」と周りに止められても、筆一本で生きていくという決心は当初から強く、彼は僅か十九歳で専業作家への道を歩み始めた。

 今年でデビュー六年目。いまでこそ老若男女、読書嫌いの人でさえ虜にするストーリーテラーだが、デビュー当時は「白峰はあれこれ書きすぎる」と純文学作家なのかエンタメ作家なのかはっきりしない「気分屋作家だ」と揶揄する業界人もいた。

 しかし、彼らの声に対して新人作家は腹を立てたり、悩んだりすることなく、むしろ「才能あるからなんでも書けちゃうんですよね。あはは」と節操のなさを積極的にアピールして回り、仕事をどんどん獲得していった。

「超人作家って呼んでくださいよ」

 様々なジャンルでヒット作を出し続ける天才若手作家は、文学界で最も権威ある『楠木文学賞』にいま一番近いと言われている。

 そんないまをときめく若手作家が、十一月の中旬に地元の図書館で、中高生を対象としたワークショップを行う。詩織はこのワークショップになにがなんでも参加したいと思っていた。

 そのためには参加条件が一つ。

 十月の第三土曜日までに四百字詰め原稿用紙二十五枚以上三十枚以下の作品を応募すること。作品をちゃんと仕上げられるかどうか、参加者達のやる気を見るにはいい目安となるだろう。さらに優秀作ともなれば、白峰言葉から直接講評を受けられる。成長のチャンスだ。これで燃えないわけがない。

 そして、肝心の作品の進み具合は……。


★★★★★★


「お嬢さん、作品の進み具合はどうですか?」

 昼休みに文雄がやって来るのは、もはや日常のこととなっていた。

 ときに周りが聞き耳を立てていようと、彼らのことをいまはカボチャだと思っている。はじめの頃こそ人前で男の子と話をすることに照れや抵抗があったが、遊びで小説の話をしているわけではないので、もう気にしなくなっていた。

「ようやくスランプ脱出ってところかな」

「ほほう。そいつはよかったね。ちなみにどんな話を書いてんの?」

「海の家でバイトする高校生達の話」

「これまた意外!」両手をあげて驚きのジェスチャー。「『月光ナイフ』とはずいぶん違う作風じゃん」

「まぁね。男子高校生の青春群像劇ってところで、なかなか難しいよ」

 年上の異性、群像劇、他人に見せることを前提とした作品づくり、すべてが挑戦だ。

「三十枚で群像劇ってちときつい気もするけど、でも挑戦するのはいいことだね」

「でしょ?」

「ところで、海の家はどっから出てきたの?」

「子どもの頃のアルバムがきっかけかな」

「ん、どういうこと?」

「父さんがこの間なんでかしらないけど、私が子どもの頃のアルバムを急に引っ張り出してね。ほら、自分の小さい頃の写真なんて恥ずかしくてしょうがないじゃない? でも、一緒に見てたら海の家で焼きそばを食べてる写真があってさ、それで『あっ』て閃いたの」

「柳間の子どもの頃……さぞ可愛いお嬢さんだったんだろうね」

「別に」詩織は素っ気なく返した。

「そういえばアルバイトのお兄さん達が忙しそうに働いていたなぁって、そこからは連想ゲームみたいな感じ」

 海の家でアルバイト、人といっぱい関わる、最初は知らない人同士でもひと夏を共に過ごせば、それぞれの関係に変化や成長があるんじゃないか……。

「連想ゲームか」と文雄は詩織の発想法に関心を示した。

「話をロジカルに展開してくわけね。俺はどっちかっていうと書きたいものを行き当たりばったりで書いちゃうからな。――あ、なるほど。だから毎回一次で落ちるのか。なはは」

「またそれ言う。……もしかして持ちネタなの?」

「中学生のうちに一次ぐらいは突破できると思ってたんだけどな。柳間もいずれ新人賞とか出すようになれば、この自虐ネタが分かってくるよ」

 小さい頃から小説の世界に魅せられてきた文雄少年は、中学校入学のお祝いに自分用のパソコンを買ってもらったのを契機に、新人賞へ応募し始めた。彼はおよそ二年半で七作も新人賞に応募している。

 自虐ネタをときに鬱陶しく思うことはあっても、「好き」という言葉に行動が伴っているので、詩織の中で彼への尊敬が揺らぐことはない。

「私は新人賞とかはまだ先の話かな。……いまはとにかく目の前の作品に全力を尽くすつもり。今度の作品は自己満足で終わらせないようにする」

「おお、今日はえらく前向きじゃん。なんかいいことあったの?」

「いいこと?」

「柳間って小説の話をするとき、いっつも眉間に皺寄せてるから、ここ最近は表情が柔らかくて可愛いと思いますよ、ぼかぁ」

 目の前で眉間に皺を寄せてやろうかと思った。「可愛い」と言われるのは好きじゃない。自分には最も似合わない言葉だ。

「いいことっていうか、身近に頑張ってる人がいて、その人を見てたら自分も頑張らなきゃなって思ったの」

「早乙女さんの舞台観に行ったんだっけ?」

「妃の舞台もあるけど」詩織はチラと今日も人気者の妃を見た。

 彼女からの影響は、やる気というよりも尖った情熱だ。手懐けるのに日々苦労している。

 祖父から得たものは、もっと健康的でマイルドなものだ。

貞治さだはるさん――うちの祖父がね、小説を書き始めたみたいなの。……文雄は『なれる』って小説サイト知ってるよね?」

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