第七話(一)
母親は涙が枯れるなり動き始めた。親族への連絡、斎場の手配と、膨大な事務処理をテキパキ行い、タイトなスケジュールにも関わらず、漏れの一つもない完璧な仕事ぶりだった。一息もつきたくないと、それは取り憑かれたような仕事ぶりだった。
友人代表の弔辞を述べたのは、貞治の長年の茶飲み友達で、彼が話す祖父の若かりし頃のエピソードは、あまりにも鮮やかすぎた。その鮮やかすぎる思い出に時折声を詰まらせると、会場からも啜り泣きの声が聞こえてきた。
葬儀の間、詩織はハンカチで目元を押さえることも瞳を潤ませることもなく、背を真っ直ぐ伸ばして、ただ静かに、故人を偲び続けた。
葬儀が終わったあと、涙の一つも流さなかった詩織のことを、
――最後まで毅然とした態度で立派だったよ。
――いやぁ、ありゃ薄情だよ。孫だってのに。
と、親戚は陰でこそこそと言い合っていた。
お手洗いから戻る最中に彼らの話をたまたま耳にした詩織だったが、(どうとでも言えばいいよ)と気に留めなかった。
私の涙は、一人きりのバス停で出尽くしたのだから。
火葬後のお骨上げだけは、さすがに唇を噛まずにいられなかった。骨の軽さが胸にとても重く、骨壷に骨を収めたとき、祖父を亡くしたという事実に、心がようやく追いついてきた。
★★★★★★
詩織は終業式の日に学校へ戻った。少し早めの冬休みに入ってもよかったのだが、年内に顔の一つは見せておかないと、もしかしたらクラスメイトに心配をかけたまま年末年始を過ごさせてしまうかもしれない、それはこちらも気が重かった。終業式は午前中で終わる。復帰のリハビリとしても丁度よかった。
久しぶりに登校してきた詩織にクラスメイトは優しかった。声をかけてくれる優しさはくすぐったく、彼らの厚意をどう受け取ったらいいものかと、彼女は感謝よりも戸惑いを覚えた。
(妃と仲良くなったからかな?)
終業式では「年末年始だからといってはめを外さないよう……怪我には充分気をつけて……」とお決まりの話が、ホームルームでは「受験生に年末年始なんてない」とくどくど脅しめいた話が続いた。
「起立。礼」
担任がいなくなると、教室は賑やかになった。
――お前、明日デートなんだろ? 裏切り者め。
――正月は皆で初詣行く?
――年末年始ぐらいのんびりさせてくれって話だよな、まったく。
「詩織、放課後空いてる?」
そして、詩織もまた妃に誘われた。
「……いいの?」
「用があったら無理は言わないけど」
「そういうことじゃなくて」
遊びの誘いを断られた彼女達がコソコソなにかを話している。
「……ああ、あの子達ね」と妃はすぐに察して、それから(別にいいよ)と小さく首を振った。
「行こうよ」
「……分かった」
決まりね、と妃はニコッと笑い、「行きつけの喫茶店があるの」と言った。
連れ立って教室を出るとき、ボソボソとした声の嫌味が聞こえてきた。――ってる……――ね……――ああいうの……。
教室を出たあと、(オセロみたい)と詩織は苦笑いした。
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