第七話(四) 早乙女妃は心配する
早乙女妃は心配する
「読んだよ」
手紙を読み終えて顔を上げたら、詩織の笑みは凄みを増していた。
(今日の詩織、ちょっとおかしいよ)
「どうだった?」と訊かれて、妃は返答に困った。
文字の乱れた箇所に何度かつかえながらも、なんとか読めた。前半部分だけなら小説で結ばれた二人の絆に、ちょっぴり泣いていたかもしれない。「素敵なメッセージを残してくれてよかったね」と、それらしい励ましの言葉を口にすることもできただろう。
しかし、例の箇所まで読み終え、顔を上げた瞬間、背筋が凍りそうになった。
笑っていた。普段むっつり顔でいることが多い友達が、非の打ちどころがないほど綺麗な笑みを浮かべていたのだ。
(この子、危ないかも)
劇団の先輩が自棄を起こしたとき、たしかこんな顔で笑っていた。ずば抜けた才能の持ち主だったのに、大学を進学する前に潰れて、夢を投げ出してしまったあの人……。
ただ、あの人とこの子とでは、大きな違いがある。
「貞治さんは私の才能を信じてくれているんだから、私は託されたものを守り続けていかなきゃ……」
詩織はよくも悪くも思い込みが人一倍強い。それでもいまはまだ思い込みの強さも常識の範囲内で収まっている。
けれど、その枠を大切な祖父の死をきっかけにして壊そうとしている。人の死で境界線を越えて行こうとするのは危険すぎる。芸術家といっても、私達はまだ心も身体も不安定な十代なのに、そんな狂いかたをしたら……。
「詩織、待った!」
「なにが?」
「それは駄目。そういうの危ないから」
すると、詩織はきょとんとした面持ちを浮かべた。「どうして?」と、訊き返してきた。
「妃がいつも言ってることじゃない? 青春すべてかけて舞台に取り組んでいるって」
「そうだけど、詩織のそれは――」
(すべてを犠牲にしようとしている)
「そっちに行くのはよくないよ。その一線越えたら、戻ってこられなくなるから」
「戻る必要なんてないよ」
最後の説得を試みたが、声は届かなかった。
「書けないとか才能がどうとか、私、そういうのもやめる」
澄み切った目を見ていたら、(この子は止められない)と諦めるしかなかった。
「やるか、やらないか、それだけを考えて、いらないものはどんどん切り捨ててく。……そうしないと、色んなものが追って来て気がおかしくなるから」
「詩織、そっち側に行っちゃうの?」
「なんかつまんないこと話しちゃったかな」
ペロッと下を出す仕草は、彼女には全然似合わない。
「……ここの店パンケーキも美味しいんだけど、二人でシェアする?」
同年代の子に(置いて行かれるかもしれない)と思ったのは、生まれて初めてだった。
「美味しいもの食べて頑張らないとね!」
柳間詩織は、私の手を無邪気に振り切って行った。
振り切って行った――。
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