柳間詩織は、夢見る文学少女じゃいられない
尾崎中夜
プロローグ 夢のはじまり
プロローグ 夢のはじまり
私の書いた本が売れそうだ。
【現役女子大生作家! 純文学界に大型新人!】
大学三年生の夏、受賞が決まったときはテレビで放映されるほどの華々しい騒ぎだったのに、こうして出版されるまでには本当に長い時間がかかった。
――詩織、頼むから就職だけはしてくれ。
――柳間ぁ、就職したくなかったらもっと歯ぁ食い縛って書きやがれ。この下手くそっ!
娘の将来を危惧する両親と昔気質の鬼担当の間で板挟みになりながら、
「在学中にデビュー作を出せなかったら、大学卒業後、三年間は兼業作家で活動します。在学中にデビュー作を出せたら、私はその日から筆一本で生きていきます」
書くこと以外の仕事はしない。作家業が続けられなくなったら、私はそこで終わりでいい。
この思いは本気だった。
しかし、昨今の出版業界は意気込みだけで走り切れるほど甘いものではなく、(私はもしかしてこのままデビュー作を出してもらえないんじゃないか?)と夜眠れなくなるほど受賞作の直しは厳しく、半年以内には出せると考えていた受賞作は、ゴーが出るまでに倍の一年かかった。
明日死んでもいいと思える作品を書き続ける、十五歳のときに誓ったこの思いだけが、詩織の心を支え続けた。
そして、大学四年生の十月、間に合った。
柳間詩織のデビュー作『水になる』は、今日ようやく店頭に並んだ。デビュー作ということで、平台に何十冊と積まれている。
その平台の前で、セーラー服の少女が本を手に、先ほどから買おうかどうかを迷っている。
二千円近いハードカバーは、中高生には安い買い物ではない。
(いや、私の作品にはそれだけの価値がある!)
「豚カツに勝てる書き手になれ」と、かつて詩織に言った作家は、あるインタビュー記事で、聞き手の質問にこんな風に答えていた。
――小説家としてデビューしたぞ、と実感したのはいつですか?
――自分の作品が売れたところを本屋で初めて見たときです。
少女は、詩織のデビュー作を胸に抱えて、レジへと向かった。
七年前、二通の手紙から始まった物語が、いま新たな幕を開けた。
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