第八話(二)
気持ちが滾ってきたのにこのまま帰ってしまうのはもったいないな、と詩織はもう少し敷地内を回っていくことにした。
焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、お面屋……。
人混みはうんざりでも、屋台巡りは別ものだ。装飾過多な屋台から漂ってくるソースの匂い、「らっしゃい」と声を張る強面のおじさん達、祖父母の袖を引きながら「買って買って」と男の子が玩具をねだっている。
日常の中の非日常、詩織は縁日の賑わいが好きだった。
「わたあめを一つください」
わたあめ機が動くところを見ている彼女は、(おお)と普段より顔つきが少し幼い。
「お嬢ちゃん、可愛いからサービスしとくよ」
「ありがとうございます」
バスケットボールサイズはありそうなわたあめを受け取り、詩織は近くのベンチで食べることにした。
「おいひ」
午前十一時を回ってから、参拝者の数がますます増えてきた。
(早めに家を出て正解だったな)
某遊園地のアトラクション待ちほどではないが、拝殿への道のりをおしくらまんじゅうでのろのろ進むだなんて想像するだけでぞっとする。
「あの、隣いいですか?」
ふわふわのわたあめに夢中になっていた詩織は、
「ふぁっ、どうぞ」と口許を手のひらで隠しながら横にずれた。
「びっくりさせてごめん」
「いえ、気にしないでください」
相手に背を向けながら、詩織は口許のわたをあたふた指先で拭った。
「――ずいぶん可愛いもん食べてるね、柳間」
その声に詩織ははっと振り返った。「ふ、文雄!?」
「おっす。今年もよろしくな」
「どうして君が?」
「それはこっちの台詞。俺だってまさかここで柳間と会うなんて思わなかったよ」
「……家にいたって鬱々とするだけだから。貞治さんも怒りはしないよ」
「去年は大変だったな」
「それなりにね」
「なのに俺、なんにも力になれなくて、ごめんな」
「ううん。文雄を遠ざけたのは私だし、……そもそも君がうちの問題を気にする必要なんてないよ」
「まぁ、そうだな……」
(いまの言いかたは突き放しすぎかな)
「気持ちだけで充分だよ。もう大丈夫」と詩織は付け加えた。
「だから、これまで通りに接して」
「分かった。……ならさっそくだけど、髪切ったんだ」
「……そろそろ鬱陶しくなってきたからね」
結んでいても邪魔になってきたので、年末にばっさりと切った。セミロングになりかけていた髪をいきなりショートにしたので首筋がすーすーする。頭がずいぶんと軽くなったので、新年を迎えるにあたっていい気分転換にはなった(「やっと女の子らしくなってきたのに……」と母親は嘆いていたが)。
「変かな?」
まじまじと見てくるものだから、つい訊いてしまった。
「自分でもちょっと切りすぎたかなって……なんか男の子みたいだし」
「そんなことない。すっげー似合ってるよ」
「そう?」
「顔立ちがもともと綺麗だからかな。ボーイッシュっていうか美少年? これはこれでぐっとくる」
「なにがぐっとくるよ。……分かったから、そうじろじろ見ないで」
「照れてる?」
自分から訊いておきながら、(これ以上は結構!)と詩織は顔を背けた。
「女の子をそんなにポンポン褒めてると、軽い男だって思われるよ」
「そこは『軽い』じゃなくて『素直』って言ってほしいな」
「ああ言えばこう言う」
素っ気ない態度を取りながらも、詩織の耳は仄かに赤くなっていた。
「わたあめ食べる?」
そして唐突にわたあめを突き出した。「あまり食べる機会ないでしょ?」
別に褒め言葉が嬉しかったからじゃない。一人で食べるにはこのわたあめは大きすぎる。それだけだ。
「食べていいのなら遠慮なく……」
文雄は口を大きく開けた。
「馬鹿、手で千切ってよ」
「え、直で食べるの駄目?」
「当たり前でしょ。私だって、多少はそういうの、気にする」
「マジか。柳間にも意外と乙女な一面」
「うるさい」
「じゃあさ、あーんで食べさせてくれない?」
「新年でもそろそろ怒るよ」
詩織は目を吊り上げた。
「冗談だって。新年なんだからそう怖い顔しないでくれよぉ」
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