第十四話(二)

 妃に別れを告げ、昇降口へ向かうと、文雄は靴箱に背を預けながら文庫本を読んでいた。

「遅くなってごめん」

 声をかけると、文雄は本から顔を上げた。

「おっす。意外と長いこと教室にいたんだね」

「これで案外人気者だから、皆がなかなか解放してくれなくて」

「ははは、面白いこと言うね」

「どうも。今日の私は、ユーモアのセンスが冴えてるらしいね」

「ん、どういうこと?」

 こちらも冗談で言ったのだから、別に気にしない。

「なにを読んでたの?」

 本について訊ねると、文雄はニッとして、「こいつです」と表紙を大きく見せた。「アルベルト・ロイロイの『ゼロ・ワールド』。人類が絶滅した世界でロボット達がゼロから文明を築き上げていく海外SF。去年の大ヒット作でさ、超面白い」

「SFか。あまり読んだことないな」

「それはよくないなぁ。ここ数年、海外SFは熱いんだから。いつでもアンテナを張っとかないと」

「そうだね。春休みに色々読んでみるよ」

 この半年、二階堂セレクションにもずいぶん世話になった。彼のオススメ小説やオススメ映画に外れがあったことはない。

「君から貰った本を読み切ったら、これからは自分で広く開拓していかないとね」

「そんなに肩肘張って考えることないよ。面白そうだなって思った作品を手に取って、それを楽しく読むのが一番」

「楽しくか。……私もいつか文雄みたいに、笑って小説と向き合える日が来るのかな」

「ありゃりゃ、また難しく考えてる」

「性格だからね」

「それはそれで柳間のいいところだと思うよ。……そうそう。話変わるけどさ、俺、最後の最後で新人賞の一次通ったよ」

「え……?」

「ラノベの新人賞。昨日の夜、一次の結果が出てね、俺のペンネームが載ってましたよ。へへへ」

「ええ!? 凄い! 凄いじゃん!」

 驚きすぎて声が裏返ってしまった。

「俺も中学生活の最後を気持ちよく締めることができたよ」

 文雄はピースしながら言った。

「じゃあ、じゃあ、次は二次だね!」

「いやー、さすがにそれは厳しいんじゃないかな。一次通っただけでも大健闘したよ」

「なに弱気なこと言ってんの。せっかく通ったんだから、もっと強気でいかないと」

「俺は柳間ほど強気屋さんじゃないからなぁ。講評シートが貰えるだけでも一歩前進だよ。そりゃ二次三次って進めば編集さんからコメント貰えるよ? 担当がつくなんてこともありえるしさ。ふふふ」

 彼のニヤけ面を見ていたら、先を行かれた悔しさがじわじわと込み上げてきて、「大した現実主義者だね」とつい皮肉を言ってしまった。

「三年近く書いてきて初めて結果が出たからね。二、三センチぐらい足浮いちゃうよ」

「十センチは浮いてるよ。……でも、どこまで進むにせよ、これからに繋がっていくといいね」

「ああ。俺もようやく始まったよ」

 口では戯けているが、彼はもっと先へ行こうとしている。

(私も負けてはいられない)

「……文雄、郵便局までさ、ちょっと遠回りして行かない?」

 詩織の提案に、「いいね」と文雄は満面の笑みで答えた。

「俺も丁度そう提案しようと思ってたとこ。まさに以心伝心ってやつだね」

 言葉にするのは照れ臭いので、詩織は(そうだね)と頷きだけ返した。

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