第36話 マーキング

 シロが夏合宿に行く前日の夜、リッカがアポ無しでアパートに押しかけてきた。


「あれ? リッカ、今日は沖縄で泊まりがけの撮影だったはずじゃ?」

「その予定だったけど、予定より早く終わったのでね。なので今日の最終便で帰ってきた」

「そりゃお疲れ様」

「キミは明日から合宿だろう? それで沖縄土産を渡しがてら顔でも見てやろうと思いついて、こうして駆けつけたというわけさ」


 しれっと言ってのけるリッカだが、河合が聞いたら渋い顔をすること間違い無しだろう。

 そもそも、なんでリッカがやってきたかというと。

 そこには一見深いようで、滅茶苦茶浅い理由がある──


 ****


 シロと合宿に行く後輩についての詳しい情報が入ったのは、リッカが沖縄に着いてすぐのこと。

 簡潔な情報の羅列と、遠くからの隠し撮り写真を見たリッカは震えた。

 なにしろそこには、自分に匹敵する美貌とスタイルを併せ持つ、男を性的に絶対殺すドチャシコサキュバス爆乳美少女が写っていたのだから。

 報告書を一瞥したリッカが思わず叫んだのも無理はない。


「なっ、なんなんだいこれは──!? この男の金玉を破裂させるためだけに特化した、人型最終決戦兵器にもほどがあるエロスの権化はっ!? まるで男の妄想をありったけぶち込んでグツグツ煮立てて、凝縮したフェロモンを型取りしてそのまま服を着せたようじゃないか!」

「まさかリッカさんが、他の女性をそんな風に言う日が来るとはびっくりです。ていうかいつもは、リッカさんがそう言われてるんですけどね?」

「ばかを言わないでくれ。ボクをこんなエロ娘と一緒にされたら困る!」


 コレが世に言う同族嫌悪か、とマネージャーの河合は理解した。

 今までリッカの同族と呼べるような人類がこの世に存在するとは思えなかったから、そんなこと想像もしなかったけれど。


「しかし、これは心配になるな……まさかアイツが寝取られたりしないだろうか……?」


 悩むリッカに、河合が「いやあんた寝取るもなにも、そもそも彼女じゃないですし?」とツッコみたいのを必死に堪えつつ。


「シロくんなら大丈夫でしょう。なにしろリッカさんとあれだけ一緒にいても、色香に狂ってないんですから」

「うーむ……しかしそこはホラ、ボクの場合は色香といっても上品だからね。普通の理性ある男を狂わせたりなんかなったりしないさ」

「どのクソエロデカ乳と射爆フェロモンぶら下げて抜かしてるんですか?」

「けれどこの女はいけない。ただただエロスで、男をぶん殴っているようなもんさ」

「まんまリッカさんと同じじゃないですか」

「ああこうしちゃいられない。すぐにアイツのアパートに行って、夏合宿を取りやめるように伝えなければ」

「聞けよ」


 ****


 その後、すぐにでも飛行機に乗ろうとするリッカを河合がなんとか説得し、超人的な速度で撮影をこなしギリギリ夏合宿行き前日の最終便に飛び乗って、リッカが戻ってきたというわけだ。

 もちろん「キミの後輩はエロすぎるから一緒に合宿行くな」とはリッカも言えない。

 最初はそう言おうともしたが、河合に止められて冷静になればリッカにも分かる。


 第一に、後輩がエロいということをリッカが知っている理由が説明できない。

 第二に、エロい美少女と一緒なのがダメなら、リッカは真っ先にアウトである。

 第三に、楽しみにしていた合宿を強制的に取りやめさせたら、それはもう心証が最悪になるだろうこと請け合いだ。


 では何が出来るのか。

 リッカと河合が知恵を出し合った結果、一つの結論に達した。

 マーキングである。


「なあキミ、悪いんだが……今日はボクをマッサージしてくれないだろうか? 少々疲労が溜まっていてね」

「今日はって、リッカが来たらけっこう毎回やってるけど?」

「それはそうだが、今日はもっと全身をだな、ぐっちょりねっちょり揉んで欲しいというか、そういう感じで頼むよ」

「まあいいけどさ。じゃあベッドに寝て」


 通常マーキングとは、動物が自分が縄張りを主張するために、目印に体臭を擦りつけたりすることを言う。

 けれどそんなもの、人間ならばシャワーを浴びれば落ちてしまう。

 なので今回のマーキングは一味違う。

 シロの手のひらに、リッカの肢体を揉みしだかせることで、その極上の感触を覚え込ませようというわけだ。

 つまり元カレに、体臭というよりは揉み心地をすり込ませるのが目的である。


「……あっ、気持ちいいよっ……♡」


 リッカは当初、これは一石二鳥の良作戦だと思っていた。

 なにしろマーキングできる上に、リッカはマッサージされてとても気持ちいい。

 しかもマッサージという名目のもと、かなり大胆な部位にまで指示を出せる。


「ふとももがパンパンだろう、撮影で砂浜を走り回ったからね。だからキミ、念入りに揉みほぐしてくれたまえ……」


 だの、


「キミ、尻はマズいなんて馬鹿言っちゃいけない。大臀筋は人体で最も大きい筋肉だよ、そこを隅々まで揉みしだかないなんて、マッサージの画竜点睛を欠くにも程があるってもんじゃないか……」


 だの、


「どうしても乳房は揉めない? 仕方ない、ならば胸の付け根ギリギリまでは揉んでくれるだろうね? ボクはおっぱいが大きいから大胸筋が凝っているんだ、頼むよ」


 だのと、普段なら触ろうとしない際どいところまで指示を出せるからだ。

 ──けれどここで、リッカが思いもしなかった大きな誤算が発生する。


(ううっ……コイツのマッサージ、いつにも増して滅茶苦茶気持ちいい……♡)


 極めて当たり前の話として、マッサージする側とされる側では、普通はされる側の方が気持ちいいのだ。

 リッカが規格外の極上ボディの持ち主だからこそ、揉んでる方が我慢できないほど気持ちいいというだけの話で。

 けれどシロのように我満ができて、しかも極上の腕前を持ってマッサージされたらどうなるか。


(らめっ。ボク、バカになりゅっ……!)


 元カレにマッサージさせることで自分の感触を分からせるつもりが、逆に身体が蕩けるような極上マッサージをされて、あまりの気持ちよさで分からせられてしまう。

 リッカはあまりの快楽に蕩けそうになりながら、頭の片隅でかすかに思った。


(こんなはずじゃなかったのに……!)

(ボクが反対に、コイツにマーキングされるなんてっ……!)

(もう我慢できない……コイツとセックスしたい、コイツと結婚したい、コイツの子供を産みたいよーって、ボクの子宮がキュンキュン哭いてる……!)

(返り討ちっ……! ボクのエッチに発育した身体の隅々まで、メス本能が屈服分からせさせられちゃったよ……!)


 こうして、リッカがシロを誘惑するために乗り込んだ結果は。

 逆にリッカが、改めてガチ恋させられただけに終わったのだった。

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