第37話 後輩と海水浴とマネージャー

「まったくもう……なんでわたしがこんなこと……」


 リッカのマネージャーである河合がブツブツ言いながらビデオカメラを回している場所は、とある海水浴場だった。

 今日はリッカの元を離れて、ここで次の動画のロケハンをしている。

 ……というのは建前で、実際は。


「それにしてもシロくんたち、出てこないわね……」


 リッカのために、シロと後輩のカエデの様子を盗撮しに来たのだった。


 沖縄からとんぼ返りした夜になにがあったかは知らないが、リッカはその後ますます元カレのことが好きになってしまったようで。

 撮影や取材の合間には、遠くを見て溜息。

 移動時間にはスマホをいじり、元カレとのメッセージのやり取りを何度も見返してはニヤニヤ。

 監督やスタッフには「リッカちゃん、滅茶苦茶可愛くなった上に情熱的な恋心まで演じられるようになってる! なんて凄い進化なんだ!」などと大評判だったが、実際には単にガチ恋してるのが端からそう見えているだけである。


 そんなリッカが、元カレがドスケベ後輩と夏合宿中に海水浴なんてスケジュールを見せられて我慢できるはずもなく。

 仮病で抜け出し自分で見張りに来ようとしたリッカをなんとか押しとどめ、代わりに河合がこうしてビデオカメラを回している次第である。

 海水浴場の更衣室に二人が入ったのは確認していた。

 河合が遠くで待っているとやがて、海パン姿のシロが姿を現した。


「やっぱりシロくんって、脱ぐと格好良いわよね……細マッチョだし、いかにも頼りがいありそうだし……なんで服着た途端に、普通の冴えない男子に見えるのかしら?」


 そしてすぐに、白ビキニ姿のカエデも更衣室から出てきた。

 カエデが姿を見せた瞬間、周囲の視線が男女ともカエデに釘付けになる。

 正確にはカエデの膨らみすぎた、豊満すぎるロケットバストに。

 もちろんそれは河合も同じだった。


「なっ、なによあれ……!? あんなの、リッカさんと完全に同格レベルのエロエロボディじゃない……!」


 報告書で知っていたはずだったけど、生で見た時の衝撃はもうケタ違いだった。


 世界中の男を、AVですらないイメージ動画だけで金玉カラカラになるまで搾り取ったと言われる伝説のサキュバス少女、六郷リッカ。

 そのリッカを一番近いところから見ていた河合が、うめき声とともに断言する。

 あの水着少女はリッカに勝るとも劣らない、究極ドチャシコえちえちサキュバスだ。

 並の男なら近づいただけで精気を根こそぎピュッピュされるレベルの、まさに傾国の爆乳美少女。


「えっぐっ……男がみんな股間押さえて前屈みになってる……いやでも当然よね……」


 シロとカエデがどんな話をしているのか、二人に見つからないように距離を保っている河合には聞こえない。

 カエデが海の方へと手を引っ張り、コケそうになったシロが何事か文句を言うと、カエデが悪戯っ子のようにはにかんで、あかんべーをしてみせた。

 そんなカエデの動作に合わせて、メロンより遙かに大きい乳肉がばるんばるん揺れまくる。

 周囲への被害は甚大だった。


「うわっ……あの家族連れ、一番下の子はどう見ても小学校低学年じゃない? なのに股間押さえて苦しそうに……あれ絶対、エロシコすぎる爆乳サキュバスホルモンで、強制精通完了させられちゃったわよね……性癖歪まなきゃいいけど……」


 河合の悪い想像はまさにドンピシャで、今日この海水浴場でカエデによって精通前少年が強制的に射爆了させられてしまい、今後リッカとカエデ以外では一生ピュッピュできなくなったED予備軍は数十人にのぼるのだけれど、それはまた別の話。


「あの二人、まずは海辺でパチャパチャ遊ぶのね……それにしても、なにが悲しくて高校生カップルが水しぶき掛け合ってキャッキャしてる姿を盗撮しなくちゃならんのよ! くっそくっそ、わたしだってこんなキラキラな青春、過ごしたかったわよっ……!」


 もし河合の声が聞こえていたら、カエデはただの逆恨みだと言って、シロはそもそもカップルじゃないですと否定するに違いない。

 けれどその様子は、端から見れば誰もが羨む理想のカップルだった。


 ちなみにこの時、シロは「あれ? なんでぼく後輩と水の掛け合いっこなんてしてるんだろ? 去年の夏合宿とずいぶん違うような??」などと首を捻っている。

 けれどカエデの「これが今年の夏合宿計画。異論は認めない」という強い態度に逆らうほどではないので、スルーしているだけだった。

 というわけで、シロにはカップルだのキラキラな青春だのという意識は微塵もなく、ただ後輩の妙なこだわりに付き合っているという感覚で、河合や周囲の認識とはだいぶズレている。


 そうしてカエデが周囲の海水浴客のSAN値をガンガン削っていくことしばし、ようやく二人は砂浜へと戻ってきた。

 日光浴でもするのだろうか。

 これはサンオイルの塗り方がポイント、などと河合がビデオカメラ越しに見守っていると──


「……あのナンパ、しつっこいわねえ」


 今さら言うまでもなく、カエデは信じられないほどの最上級美少女である。

 なのでいくらシロが隣にいようとも、カエデに声を掛けてナンパしようと動く男どもは数知れない。

 けれど大抵は、カエデのぞっとするほど冷めた目で睨まれて、シロが気付くことすらなく蹴散らされていたのだが今回は違った。

 カエデの絶対零度の視線にひるむこと無く、果敢にナンパを決行したムキムキマッチョの男四人組が、シロとカエデを取り囲んだのだ。


「あ……シロくん自然な感じで、女子の壁になってる……さすが……!」


 シロたちが何を言っているか、河合にはさすがに分からない。

 けれどズームした表情を見れば、普通にしつこい迷惑なナンパというところだろう。

 四人組のガラの悪い男どもはどれも背が高く、筋肉の厚みが凄い。

 少なくとも大学の体育会系だろう──などと河合は予想したが、実際は四人ともプロボクサーだった。


 目つきの悪いボクサーどもが苛立っているのが分かる。

 すぐにでもシロをぶちのめしてからカエデを押し倒して、この場でアオカンレイプし始めかねない雰囲気だ。

 普通の男なら、とっくにビビって逃げ出しているに違いない。


「シロくん……! がんばって……!」


 いざとなったら自分の撮影動画を証拠に警察へ駆け込むつもりで、河合がカメラを回し続ける。

 そしてついに、決定的瞬間が訪れた。

 怒りを露わにしたボクサーの一人が、明らかにシロの顔面向かって本気のパンチを繰り出したのだ。


「危ない! ……えっ?」


 次の瞬間、河合は自分の目がおかしくなったかと思った。

 だって。

 ボクサーの拳がシロの顔面直前で、指一本だけで止められていたのだから。

 驚愕に目を見開く男に、シロが口を動かす。

 なにを言ったかは、聞こえなくても想像できた。恐らくこうだ。


 ──これで、正当防衛成立ですね。


 その後のシロの活躍は凄まじいの一言だった。

 殴りかかったボクサーを逆に腹パン一発で轟沈させると、他のボクサー三人が纏めて襲ってきても一旦攻撃を受け止めた後に、その数十倍の鋭さと威力を持つ豪腕で一発KOする。

 ビデオカメラは、シロの拳がボクサーの腹筋に深々とめり込む瞬間を完全に捉えていた。


「え? えええ? なんでシロくん、そんなに強いのよっ……!?」


 後日、海水浴場の事件を伏せてそれとなく聞くと答えは「子供の頃、近所の悪ガキどもとよく殴り合ってたので、ケンカはちょっとだけ自信あります」というものだったが、そんなこと今の河合が知るはずもなく。


 四人の男を華麗に沈めた後、急いで現場から逃げていくシロたちの背中を、河合は呆然と見送るのだった。

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