第38話 後輩と夜這いと高級旅館
今日で宿泊最終日となる、合宿最終日の前日。
カエデは大目標を前にして、燃えに燃えていた。
(今夜こそ、宿願達成の時……!)
なぜにカエデは今日に限ってこんなに燃えているかといえば、話は合宿前に遡る。
カエデはシロに内緒で、親友の佐藤ささみとも相談して、一つの目標を立てていたのだ。
それはつまり──
(この合宿中に、せんぱいを夜這いする……!)
「どうしたのカエデ? とつぜん拳をぐっと握りしめて」
「なんでもない」
そのヒントをくれたのは、佐藤ささみがセッティングしてくれた作戦会議。
佐藤ささみのいとこの売れっ子AV監督と一緒に、ゲストとして未来の超大物AV男優までが参加したその会議で。
アイデアが煮詰まっているとき、名前も知らない男優がこんなことを言ったのだ。
──もうアレだよ、部屋間違えるフリしてベッドに潜り込んで夜這いしちゃえばいいんじゃないのかな?
なんて画期的なナイスアイディアなのだろうとカエデは震撼した。
まさかそいつが、もう帰りたいと思いながら適当ぶっこいて、なんなら次の日には自分の発言まるっと忘却しているなどとは夢にも思わなかった。
けれどカエデの目論見は、今までのところ達成されていない。
そうなった理由は単純で。
男女二人きりの合宿だからと、先輩にビジネスホテルのシングルルームを二部屋予約されてしまったからだ。
そして当然のことながら、シングルルームには鍵が付いている。
なんならドアチェーンもある。
部屋を間違えるフリまでは容易でも、夜這いに至るのは不可能だ。
(でも、今日こそはっ……!)
今朝まで宿泊していたビジネスホテルをチェックアウトして二人が向かったのは、創業200年の老舗高級旅館。
先輩がバイト先から宿泊券を貰ってきた。
宿をネットで検索したカエデは驚愕した。
なにしろそこは一人一泊10万円はくだらない、超高級旅館だったのだから。そして。
(今日はせんぱいと、同じ部屋……!)
なにしろ宿泊券は一枚しかないし、もう一部屋なんて金銭的に到底無理だ。
しかしそこは天下御免の高級旅館。
部屋の間取りを確認すれば、なんと13.5畳+11畳もあった。
ならばふすまを隔てて布団を敷けばいいわけで、一日だけだから、一日だけだからとカエデはシロを説得して、一緒の部屋に泊まることに成功したわけだ。
(一緒の部屋なら、セキュリティの心配もない……つまり夜這い天国……!)
「カエデ、さっきからどうしたのさ? 様子がヘンだよ?」
「せんぱいの気のせい」
「そうかなあ……?」
しきりに首を捻るシロだったけど、それ以上追及はしなかった。
****
老舗旅館は滅茶苦茶素敵だった。
ご飯は今までの人生で食べた中で一番美味しかった。
ちょっとうるさいのが玉に瑕だったけれど、仲居さんによると今日、芸能人もゲストに迎えて200周年記念パーティーをしているらしいので仕方ない。
「お客様もよろしければ参加なさいませんか? きっと愉しいですよ、なんでもシークレットゲストで超大物女優さんも登場するそうですし」
「だってさ。カエデはどうする?」
「わたしはいい」
「そっか。ぼくもパスかな」
まさかそのシークレットゲストとやらが、最近世間で女優と認識されはじめた元カノだとは思いもよらないシロである。
その後は二人で話をしながらだらだら過ごし、そろそろ寝ようかという時間。
「わたし寝る前に、露天風呂に入ってくる。長風呂になるからせんぱいは先に寝てて」
「分かったよ。ぼくは右側の部屋で寝てるから、間違えないでね」
「うん。大丈夫」
絶対に間違える気まんまんでカエデが部屋を出た。
(せんぱいが寝付くまでには時間がかかる。それまでに、わたしは全身をピカピカにしなくっちゃ……!)
とくに股間部分は念入りに磨き上げることを心に誓って、カエデが女湯ののれんをくぐった。
そもそも高級旅館なので部屋数は少なく、けれど露天風呂はかなり大きい。しかも深夜。
当然のように女湯には誰もいなかった。
見上げれば、満点の星空と綺麗な満月。
まるでこれからの、自分の夜這い逆レを祝福しているようだとカエデは思った。
「ふんふふん〜」
ご機嫌なカエデは誰もいないと油断して、身体を念入りに洗いながら鼻歌まで出る始末。
カエデはあまり皮膚が強くない。強く擦るとすぐ赤くなる。
なのでいつも、身体は自分の手のひらを使って洗う。
そうして身体の隅々までピカピカに磨き上げてから、ようやく露天風呂に入った。
「ふー、極楽極楽……」
カエデの常識外に発育しまくった爆乳が温泉に浮いて、ちょっと凄いビジュアルになっているけど本人にとっては日常茶飯事だ。
露天風呂に何人も入っている時間帯だったら、騒がれること間違いない。
けれど今は誰もいないし──と思ったところで、カエデは気付いた。
だだっ広い露天風呂の向こう側。
湯けむりで今まで気付かなかったけれど、どうやら向こう側に一人、先客がいたらしい。
そしてカエデが気付くのとほぼ同時に、向こうもこちらに気付いたようだ。
「むっ? そちらも、こんな深夜に露天風呂かい?」
「うんそう。人が多い時間は入りづらいし」
「ははっ、ボクも同じ理由だよ。目立ちすぎてしまうからね。それではボクはそろそろ上がるとしよう──」
そういって、先客がカエデの方に近づいてくる気配がした。
気配がしたというのは、湯けむりで視界が悪くてよく見えないからだ。
けれど先客がすぐそばまで近づいたとき、風が吹いて湯けむりが晴れた。
カエデは今度こそ驚愕した。
なにしろそこには──自分と同じくらいの美貌とスタイルを誇る、爆乳美少女がいたのだから。
そしてカエデは、その女の名前を知っていた。
「六郷、リッカ……」
そして向こうも、なぜか滅茶苦茶驚いていた。
「まさかキミは──七番ヶ瀬カエデか!?」
「……なんでわたしの名前を知ってるの?」
「そんなことはどうでもいい!」
カエデのしごく当然の疑問は、たった一言で斬り捨てられた。
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