第13話 メシマズ
地中海ロケを終え帰国して、ようやく落ち着きを取り戻してきたある日。
現場を終えて事務所に戻る途中、車内でリッカがこんなことを言った。
「折り入って相談があるんだ。すまないが、マネージャーにしかできない相談でね」
「……! ふ、ふーん? わ、わたしにしか、出来ない相談なんですか?」
「もちろんさ。こんなこと、他の誰にも話す気はないよ」
ハンドルを握る様子は変わらないけど、マネージャーの河合は内心飛び上がりたいくらい喜んでいた。
マネージャーにしかできない相談。
つまりそれは、リッカが真に心を開いて、河合を誰よりも信用しているからこそ出てきた言葉なのだから。
現在でも、たとえば元カレ関連などは自分しか事情を知らないけれど。
しかしあれは元々『万が一にも広まったら致命傷だから、絶対に自分以外に話さないで下さいマジで』と河合が頼み込んだ結果である。
しかるに今回はリッカ自ら、河合だけにとご指名なのだ。
舞い上がらないはずもなく。
河合が震えそうになる声をなんとか抑えて訊いた。
「そ、それで、相談というのは?」
「大したことじゃないんだが。──ボクの母乳でミルクキャンディを作りたいんだけど、どうすればいいのかと思ってね?」
がんっ。
思わずずっこけた頭がハンドルにぶつかった。
信号待ちの間で本当に良かった。
「どうしたんだいマネージャー、運転中に遊ぶのはいただけないよ?」
「リッカさんの発言が衝撃的すぎたからですよ!? そもそも言ってる意味が分かりませんし!」
「そうかな? いや最近、ボク宛てのプレゼントが急増してるじゃないか」
「してますがそれが何か?」
「その中には、食べ物の中に髪の毛や精液なんかを入れてくるヤツもいる」
「……いますね、残念ながら」
心ないファンというのは、いつの世にもいるもので。
なので食べ物などは基本廃棄しているのだけど、この前サンプル調査をしてみたら、本当に精液入りクッキーにぶち当たったのだった。
しかも送り主は本物の職人で、市販品と同じようにフィルム包装までしてあった。その情熱を他のことに使えと言いたい。
「あの時ボクは思ったんだよ。ああ、この手があったかと」
「…………はい?」
「もちろんボクは、アイツに食べられないものや不味いものを食わせようとは思わないさ。しかしボクには母乳がある。これでキャンディでも作れば、美味しくボクを味わってもらえるんじゃないかって思ってね。も、もちろん、アイツがボクの身体から直接ミルクを味わいたいと言うなら、やぶさかではないがっ……!」
「リッカさんの発想が斬新すぎて怖いんですが。ていうか、なんでわたしにしかできない相談なんです?」
「だってマネージャー、いつか撮影の時に話してたじゃないか。ボクの乳搾りシーンをいれたらどうかって」
「……そんなこともありましたね」
もっともあの時、リッカが本当に母乳が出るなんて思ってもいなかった。
練乳を使ったギミックで、そういう画を入れたらどうかという話でしかない。
それに冗談ついでの提案で、まさかリッカに聞かれているとは思わなかった。
その時は結局、リッカの乳首露出案件なんてエチエチすぎるという理由でボツになったのだが。
「いいですかリッカさん、そんなの絶対ダメに決まってます。自分を振った元カノが母乳を搾って作ったキャンディなんて渡されたら、普通は滅茶苦茶ドン引きしますよ?」
「そうなのかい? ボクの自家製ミルク、かなり濃厚で美味しいと思うんだがなあ……そ、それにあまりに美味しすぎて、アイツが『リッカのおっぱい、直飲みしたくなったよ』とか言うかもしれないし……!」
「そういう問題じゃありませんし、そんなことはありえません」
恐らくだが、リッカがそんなことをしてくれたら世の中の90%以上の男はマジ恋に落ちるだろう。
けれどあの元カレ相手では、逆効果になる目がとても高い気がする。
「そんなことよりリッカさん、手作り弁当でも作ってみたらどうです?」
「なっ!? ボクの母乳で弁当を作れだなんて……そんなにたくさん搾れないぞ!?」
「リッカさんの思考には時々ついていけませんが、普通の弁当に決まってるでしょう? 冷凍食品のハンバーグだのミートボールだのが入ってたりするアレですよ。定番ですよね?」
「むっ……しかしそういうのは、同じ学校に通っているヒロインとかがやるものじゃないのか? なにしろ渡す機会がない」
「これから先は演技の練習で一緒になるんですから、その時に渡せばいいじゃないですか」
「それもそうか。──ふふっ、腕が鳴るな!」
河合は知らなかったのだ。
なんでも器用にこなすリッカだが、こと料理に関してだけは壊滅的にメシマズなことを。
鍋が爆発するなんて日常茶飯事。
とびきりの笑顔でダークマターを「めしあがれ♡」する、ポイズン量産系美少女なことを。
後日、シロはきっちりメシマズ被害を喰らうことになり。
河合はリッカに余計なことを吹き込んだ張本人としてシロに平謝りすることになるのだが、それはまた別の話。
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