第12話 後輩とお宅訪問

 あの日以来、カエデは放課後毎日のように部室にやって来て、シロの台本読みに付き合った。

 といっても勝手に押しかけたカエデが、強引に相手役を買って出ているというのが実際だ。

 そんなある日のこと。

 台本読みも終えてもう帰ろうかというところで、カエデがこんなことを言った。


「せんぱい。ご褒美が欲しい」

「え?」

「せんぱいの練習に付き合ったご褒美。せんぱいの家に行ってみたい」


 いやカエデが勝手に絡んだだけじゃんかとか、ヒロインのライバルの後輩役ばっかりやってたからほとんど練習にならなかったとか、ツッコミどころはあるけれど。

 演技の心構えなんかも聞けて役立ったのは事実だし、なにより自分も似たような、あまり役に立ちそうにないことをやって大金を稼ぐ予定なわけで、なのにカエデはノーギャラではちょっと心苦しい。

 シロはそんな風に考えるタイプだった。


「ならお礼に喫茶店でも行く? ぼくが奢るよ」

「それも魅力的。でも今日は、せんぱいの家に行きたい」

「別にいいけど、面白くもなんともないよ?」

「そんなことない。きっと面白い」


 そんなこんなで一緒に帰って、一人暮らしのアパートにカエデを招き入れる。

 すると最初は上機嫌だったカエデの顔が、すぐになぜか険しくなり、臨戦態勢に入った麻薬犬みたいな表情でクンクンと鼻を鳴らし始めた。


「におう」

「えっ? ごめん、ぼくの部屋そんなに臭うかな? ぼくは毎日暮らしてるから気付かないけど……」

「そうじゃない、これはビッチのオイニー……しかも最凶最悪クラスのメス臭……恐ろしく危険……!」


 わけの分からないことを言いながら、鼻を鳴らして家宅捜索を始めるカエデ。


「……せんぱい、なんで流しにコップが二つあるの? しかもお揃い。それに歯ブラシも二つ」

「それ? 元カノが置いていったのが、そのまんまなんだよ」

「え、せんぱい付き合ってたの!? いつ!?」

「もう一年以上前に別れたけどね」


 別れたのは一年以上前、だけどコップを置いていったのはつい最近、などという余計な情報など言うはずもない。


「せんぱいに彼女がいたなんて知らなかった。どんな女?」

「ぼくには勿体ない、とっても素敵な女の子だったよ。だから最後には振られちゃったのかな?」

「えっ……振られたの?」

「うん。しかもけっこうこっぴどくね」

「なにそれ。せんぱい可哀想……それになんだか、あの台本と似てる」

「それはさすがに偶然だよ」


 実際は偶然でもなんでもないのだが、そんなことをシロが知るはずもない。


「…………男の過去を追求しない、それがいい女の条件。だからわたしは先輩に、根掘り葉掘り聞いたりしない。すっごく聞きたくてもしない」

「そりゃどうも」

「でもせんぱいから話すなら別。わたしはなんでも聞いて慰める。なんならわたしのおっぱいを揉んでもいい。最近なんだか流行ってるって聞いた。元気出して。おっぱい揉む?」

「いやいや、話す気なんて無いってば。あと失恋の苦しさを、別の女子のおっぱい揉んで解消するのはアレすぎると思うよ? 流行ってもないと思うし」

「むう」


 そんな雑談をしながらも、カエデの家宅捜索は続く。

 冷蔵庫の中だのベッドの下だの、人によっては見られたくない可能性がある場所を見る前には、カエデは必ずシロに許可を取ったけれど、シロはそれを全部許可していった。


 なぜならば、シロは基本的にデータ派だ。

 エロ本やエロDVDなどの現物は持っていない。

 そして見られてはいけないデータは、すべてデスクトップ直下の『簿記試験2級』フォルダに収められている。

 どんなにベッドの下や押し入れを捜索されようが、パソコンの電源を入れない限りは慌てる必要が皆無なのだった。

 だから油断した。


「せんぱい。押し入れの中、見ていい?」

「いいよー」


 返事をした瞬間、妙な違和感に襲われた。

 ……あれ? 押し入れの中って、なにかぶち込んだんじゃなかったっけ?

 絶対に見られちゃいけない、とんでもなく危険なブツを……


「──ああああっ!? み、見ちゃダメ!」

「あっ…………」


 シロが静止する直前、カエデは押し入れの扉を開け放ち。

 そこには芸能事務所の名入り紙袋に入った、リッカちゃんグッズの数々。

 カレンダーからタペストリーやらポスターやら直筆色紙やら、あげくにリッカちゃん抱き枕やリッカちゃん複製ブラまでが入っていた。

 それはリッカが来た日に「こ、これ、事務所で余ってて邪魔だからキミにあげよう!」などと言って置いていったものである。


 その正体は、超VIP様専用・六郷リッカグッズ詰め合わせセット。

 その紙袋の詰まった未使用グッズ一式をしかるべきオークションに流せば、ガチで数十万ドルの値が付く逸品である。


「……せんぱい。六郷リッカのファンなの?」

「ま、まあファンというわけじゃないけど……嫌いでもないというか……」


 ウソは言っていない。

 芸能人としてのリッカのファンではないけれど、シロはリッカを嫌ってはいない。

 こっぴどく振られたせいで苦手というだけである。


「…………」

「あ、あの……カエデさん?」

「せんぱい。このグッズ、ちょっと使っていい?」

「あ、う、うん。どうぞ」


 シロが考えもせず返事をする。

 許可した本人はまるで分かっちゃいないけれど、コレクターズアイテムは保存状態が命だ。

 そしてリッカちゃんグッズは未使用と使用済の差が特に激しく、使用済グッズは滅茶苦茶に買いたたかれる。

 どこかの男が使用済のアイドルグッズなんてイヤだ、と考えるのは当然のことだろうけれど。

 シロは自分の一言が莫大な損失を生んだことに気付いていない。


 ……とはいえ、実際にどう使われたかが分かったならば価値は下落しないどころか、さらに上昇する可能性すらあるかもしれない。


「んっ……」

「カエデ、なに突然脱ぎだしてるのさ!?」

「静かに。ちょっと試してみる」


 カエデがグッズの前で制服、を脱ぎ捨て、ブラまで外して上半身裸になると、おもむろにリッカちゃんグッズの中から複製ブラジャーを取り出す。

 そしてビニール包装を破ったブラを、自分の胸につけてみせた。


「ええええっ!?」


 世界一の美爆乳だと噂されているリッカの特注ブラ、その複製品。

 その巨大すぎる複製ブラは、カエデの信じられない発育したバストを包み込んで──


「……ゆるい」

「そうなの?」

「ほんの少しだけゆるい。悔しい……! 人生で、初めて負けた……!」

「あ、あの、カエデさん?」

「カップ数は負けてないのに……アンダーの差で……! あとほんの少しなのにッ……!」


 本気で悔しがるカエデに、シロはどう言っていいかよく分からない。

 ていうかカエデが味わってる悔しさは、今までカエデが、出会った全ての女性に与えてたものなんじゃないかなあ……という気もするけど、そう言うと碌でもないことになる予感がしたので黙って見守るのであった。


 そして二人が知らない衝撃の事実。

 それはリッカがこの複製品の元になったブラを、おっぱいの成長によって最終的には破壊しているということで。


 リベンジを誓うカエデのバストが追いつく日は、まだまだ遠そうだった。

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