第30話 元カノと一緒にブライダルフェアを体験するバイト2

 その日の撮影中、ことあるごとにシロからジト目で睨まれたマネージャーの河合だが、もちろん河合にも言い分はある。

 自分だって、リッカの提案に反対したのだと。

 ただし最後にはリッカに押し切られたけれど。


 ホテルの敏腕ウェディングプランナーの案内でチャペルを見学、続いて披露宴会場を見学と続いていくたび、リッカのテンションはますます上がり、反比例するようにシロのテンションはダダ下がりに落ちていく。

 いやそりゃまあね、動画のクオリティ的には過去最高かもしんない。

 なんたってリッカのテンションが異常に高くて、可愛いオーラとフェロモンがもう出まくっている。

 もうホント、横にいるのが元カレじゃなくて今カレだって勘違いしてると確信できるくらい。それにリッカの行動だって大変アレだ。


 例えば歩く時に、二人が指と指を絡めて恋人繋ぎをするのは動画撮影時いつものことだけど、リッカの距離がいつもより近くて爆乳がずっとに元カレの腕にひっついていたり。

 前を歩くプランナーの隙を窺って、リッカが目を瞑って背伸びして、いわゆるキス待ちしてみたり。

 プランナーの「撮影と伺っておりますが、本当にお似合いのお二人ですね」なんて社交辞令に、最高の笑顔で「ありがとう!」なんて返してみせたり。

 状況がハマると最高の演技ができる「イタコ系」だの「憑依型」だのと呼ばれる女優のタイプがいるけれど、ひょっとしたらリッカもそのタイプかもしんない。

 ただし相手が元カレ限定で。


 そして今はウェディングドレスのカタログを並べてを、あーだこーだとやり取りをしている。


「ボクのスタイルは規格外だから、絶対に既製のドレスは入らないのでね。ならばキミの好きな形のドレスをオーダーするのが一番だろう? さあどれがいい?」

「えっと……?」

「おっと、動画撮影のことなんて気にするなよ? リアルじゃなくなるからね。キミは素直に、本当の結婚直前カップルという前提でいてくれればいい。ヘタな演技なぞ帰って邪魔だよ」


 そう言われても、というココロの声が河合には聞こえるてくるようだっった。そりゃそうだよね。

 けれど助け船を出すこともできない。

 もし河合が横やりを入れた結果リッカがブチ切れでもしたら、それこそ取り返しの付かないほどの、河合が一生働いても返せない莫大な違約金が発生すること間違いなしだ。


「さあさあ、本当になんでもいいんだよ」

「う、うん……」


 促されたシロがパラパラとページをめくるが、特段ファッションに興味があるわけでもない男子にウェディングドレスの良し悪しなんぞ分かるはずも無い。

 けれど一つ選ばなければいけない、さもないと話が進まなそうだということは肌で感じ取れた。

 なのでシロがカタログをめくる。


 そしてその中には、半ばコスプレ用のエッチなミニスカウェディングドレスもあった。

 他がみんな写真なのにそれだけが綺麗なイラストで描かれた、おっぱいの大部分が露出して、身体のラインも下着みたいに出ている、でもフリフリの純白のドレス。

 パラパラとめくっていたシロの手が思わず止まった。

 河合がカメラを回しながら必死で念を送る。


(それっ! そのドレスを選んで、お願いっ──!)


 実はそれだけが、リッカがデザインしたオリジナルのウェディングドレスだった。


 ****


 話は数日前に遡る。

 次の動画はウェディングフェアで、なんて話が決まって、やっぱりウェディングドレスは必需品でしょってことでカタログをスタッフで回し読みしていたら。

 そこに入ってきたリッカがカタログを眺めた後、こんなことを言い出したのだ。


「どれも気に入らないね。ボクの着るウェディングドレスは、ボクがデザインするよ」


 そう言ってその場でサラサラとペンでデザインしたのが、例のエロシコウェディングドレスである。

 河合は当然大反対した。だって世界観がモロにエロマンガだし。

 せっかく世間の認識が「ドチャシコエロエロリッカちゃん」から「リッカちゃん超絶美少女可愛い。あと超エロい」に変わりつつあるのに、どうして元に戻す必要があるのかと。

 けれどリッカは自案を曲げず、こんなことを言い出した。


「じゃあアイツに、どのドレスがボクに相応しいか選んでもらおう。そしてアイツの選んだドレスを着て撮影しようじゃないか」

「いやリッカさん、どうしてそうなるんです?」

「アイツはボクの元カレだからね、ボクの魅力的なところを世界一知り尽くしているはずさ。そんなアイツが選んだドレスが、一番ボクに相応しいドレスということになるだろう?」

「いやいや、普通こんなドレスは選ばないと思いますよ?」

「おや。ボクのマネージャーとあろうものが、男の生理を分かっていないようだね」


 リッカがちっちっと指を振って、


「男はいつだって、純白のウェディングドレス姿の女を犯したいと思っているものさ」

「ひどい偏見です!」

「ボクはボクを犯したくてたまらない男どもケダモノの視姦には慣れっこだからね。いいかい、少しでもボクに好意を抱いてくれている相手なら、絶対にコレを選ぶ。その程度にはボクは自分に自信があるよ」

「う、うーん……そう言われると確かに……?」

「絶対に自信があるね。それでももし、アイツが選ばないとしたら」

「選ばないとしたら?」

「……その時は本当に、ボクのことなんかもう、これっぽっちも興味が無いと言うことだろうね……」


 ****


 例のリッカ原案ドレスのページでは一瞬手が止まったものの、すぐに次のページにめくられた。

 どんどんカタログを眺めていくシロはまるで気付いていない。

 隣にいるリッカが、この世の終わりみたいな顔をしていることを。


(マズいマズいマズいマズいマズい──!!)


 河合には分かる。

 リッカの顔は、マジ泣きを必死で堪えている顔だ。

 自信満々で元カレのために用意した、特製エロエロウェディングドレス。

 その存在ごと華麗にスルーされ、リッカは本気でガチヘコみしている。


(あー! リッカさんの表情で、気持ちが手に取るように分かる! いま絶対に『あれ、ボクって実はそんなに魅力ないのかな……』って思ってる!)


 リッカが夢を諦めたような顔で元カレをチラ見しながら、張り詰めた胸元をやわやわと揉みしだいた。


(今度は『キミだけのためにボクの身体、ここまで育ったんだけどな……』って表情!)


 それからリッカが肩を落とし、カメラに向かって透明な微笑を浮かべた。


(あああダメっ! 間違いなく芸能界引退を決意してる! 辞めちゃダメです──ッ!!)


 ……

 ……

 ……


 シロがようやくカタログを読み終えると、なぜか河合がカメラを向けたまま真っ白になっていた。


「あれ? マネージャーさんのようすが……?」 

「放っておけばそのうち治るさ……それよりキミ、一つ訊いていいかい?」

「いいけど」

「なんでキミは、このエッチなドレスを選ばなかったんだい?」


 なんだかとても元気のないリッカが示したのは、なぜか一着だけあったエロドレス。

 なに言ってるんだコイツはと思う。

 エロ動画ならともかく、今日はそういう趣旨じゃなく、本当のカップルっぽくやってくれと言われているから頑張ってるのに。


「いやだって、そんなの決まってるでしょ」

「そうか。やはりボクの身体が魅力的じゃないから──」

「逆だよ」

「…………?」


 シロが深々と溜息をついた。

 こっぴどく振られた元カノ相手に、こんなこと言いたくないんだけどな。


「そんなの当然でしょ──リッカみたいに可愛い子のえっちなお嫁さん姿なんて、他の男に見せないで、自分だけで独占したいって普通は思うよね?」


 シロとしてはあくまで、カップルの男性側としての一般論を述べたつもりだったけど。

 なぜかしょんぼりしていたリッカの顔が、一気にぱあっと笑顔になって。


「そ、そうか!? キミはボクのエッチな姿を、他の男に見られたくないということか! 良し分かった、今日限りでボクは──」

「ああそうじゃなくて、べつにリッカがどんなにドスケベな格好を世間に見せててもかまやしないんだけど」

「……なあキミ、それはそれで酷くないか?」

「リッカはそれが仕事でしょ? けどまあウェディングドレスってのは、男にとってもやっぱり特別だからね」

「う、うむ!」

「だから少なくともぼくなら、このドレスを選ぶことだけはあり得ないかなって」

「そうかそうか! なるほど、これはボクの配慮が足りなかったようだね! あっはははは!!」


 その後、リッカは一日滅茶苦茶上機嫌のままで。

 疲れ切った顔の河合になぜか苦情を言われたけれど、心当たりがまるでなくて首をかしげるシロであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る