第29話 元カノと一緒にブライダルフェアを体験するバイト1

 最近、シロのバイトにハードな業務が加わった。

 それは元カノ相手に、ただ彼氏のように一緒にいろというバイト。

 しかも必ずヒゲ面の監督か、副業がAV監督の撮影助手か、はたまたマネージャーの河合の誰かがリッカを撮影している。

 となればもちろん、彼氏役のシロも画面に入り込んでしまうというもの。

 もちろん編集で世間に顔は出ないとはいえ気が重い。


「……ぼく思ったんだけどさ。やっぱりリッカの彼氏役って、ぼく以外の人の方がいいんじゃないかな? リッカだってぼく相手じゃやり辛いよね?」


 今日もそんな風に、遠回しにやりたくないと言ってはみたものの、リッカはとんでもないと首を横に振った。


「いやいやキミ、なにを言ってるんだ? キミ以外に適任者なんて存在しないよ」

「なんでそうなるの?」

「第一に、ボクはキミの元カノだ。つまりキミのことはよく知っているし、だからお互い妙に気負うところも緊張することもない。なにしろそんな時期はとっくに通り過ぎたからね。だからボクの精神衛生的にも非常によろしい」

「でもそれ、初々しさがないっていうデメリットがあるんじゃ?」

「そんなものは考え方次第さ。付き合って最初のデートには見えないだろうが、年月を重ねたカップルのデートにだって別の魅力があるだろう」

「うーん……たしかに世の中には『付き合って数年、そろそろ結婚を考えてます』なんてカップルも多いけどね」

「そういうことさ。それに別の問題もあるし」


 そう言ってリッカが胸を張り、豊満すぎる胸元をだぷんっと揺らした。


「自慢じゃないが、ボクはそれなりに男性好きする容姿とスタイルを兼ね備えている。ともすれば、いささか過剰なほどにね」

「あ、やっぱり自覚あるんだ」

「そりゃまあね。ボクとしては意中の男性以外にアピールできたって、嬉しくもなんともないんだが──まあそれはいい。なにしろボクと一緒にいて態度が硬くなったり、ぎこちなくなったりしない男は貴重だということだよ」

「でもぼくの顔は出ないんでしょ? ぎこちないとか分からなくない」

「顔はもちろん編集でカットするから表情は見えないが、それでも身体の一部は映るからね。ボク恋人繋ぎする手が震えてたり、抱きしめる背中がこわばっているんじゃ不自然だよ。昨今の視聴者の目は鋭くなっているしね」

「うう、それはそうかも……」

「というわけでボクの彼氏役に相応しいのはキミだけだ、まあ諦めてくれたまえ。バイト代も弾むように言っておこう」


 リッカにしてみれば、シロが内心嫌がっていることは薄々感じているし、そうなる原因を考えれば本気でギャン泣きしたくなる。

 今回の件だって本当は、リッカはずっとシロと一緒の撮影スタイルを望んでいたけれど、今までさすがに言い出せないでいた。

 それを代わりに言い出したのは、例のヒゲ監督だ。

 河合に後から聞いた話だと、シロを初めて撮影に呼んだあの日の会議で「リッカの動画は単体で撮るよりも、元カレと一緒に撮った方が絶対可愛い!」と激しく主張したのだという。そして二人を実際の恋人っぽくデートさせて、その様子を撮影しようと提案したのだとか。


(ふふふっ、あのヒゲ監督には借りができたね)


 しかもヒゲ監督の功績は、シロに彼氏役を承諾させただけではない。

 路線を変えたリッカの動画を社会現象レベルにまでバカ当たりさせて、シロの存在がリッカに絶対必要不可欠なんだと関係者一同に示したこと。

 元カレが側にいればこそ、リッカは何倍も輝けるんだと証明したことこそ、ヒゲ監督の一番の功績だろうとリッカは思っている。

 実際あの撮影後に、河合のシロに対する態度が微妙に変化した。


(あとはこの恋人ごっこ動画を撮影し続けるうちに、アイツも昔みたいにボクのことが気になりだして、その後は……♡)


「くふふふっ……」

「どうしたのリッカ? いきなりニヤニヤ笑い出して」

「いやキミ、なんでもないから気にしないでくれ。ちょっと薔薇色の未来を妄想していただけさ」

「それならいいけど……?」


 そんな会話があった後日。

 その日のロケ地である、都心部の超高級五つ星ホテルに到着したシロを出迎えたのは、いつにも増して上機嫌な様子のリッカだった。


「さて、今日の動画撮影だが──キミは以前言っていただろう? ボクたちの関係は初々しくない、むしろそろそろ結婚を考えているカップルのようだって」

「言い方はかなり違うけど、まあそうかも……?」

「ならばと、その設定に合わせたシチュエーションを考えてみたところ、ボクの脳裏に一つの素晴らしい撮影プランが沸いたわけさ。キミの意見には感謝しているよ」

「へえ、じゃあ今日の撮影はリッカのアイデアなんだ。それで一体どんなプランなの?」

「すぐに分かるさ。ついて来たまえ」


 ほとんどスキップするように弾んで歩くリッカの背後で、シロはカメラを回している河合にこっそり近づいて小声で訊いた。


「……えっと、マネージャーさん? えらく上機嫌ですけど、今日のリッカいったいどうしちゃったんですか?」

「ごめんなさいシロくん、ホントごめんなさい」

「……マネージャーさん?」


 河合が目線で必死に謝罪を伝える様子に、シロの不安が募った。

 そしてホテルのロビーからエスカレーターを上がり進んだ先で、シロはようやく本日の撮影テーマを悟った。

 そして河合が、なんでそんなに申し訳なさそうなのかも。


「どうだい、キミももう分かっただろう?」

「あのさあリッカ、これって……!」

「そう、今日のテーマは『付き合ってから数年が経過、そろそろ結婚を考えるカップルが初めてのブライダルフェアにやって来た』だ。というわけでキミ、よろしく頼むぞ」

「…………」


 なにが悲しくて、振られた元カノと一緒にブライダルフェアなんぞ見なけりゃならんのか。

 満面の笑みを浮かべるリッカに背を向けて、シロは沈痛な面持ちでそっとこめかみを揉みほぐしたのだった。

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