第28話 後輩とファッション雑誌

 その日の昼休み、カエデは親友の佐藤ささみと一緒に、屋上で昼飯を食べていた。


「そういやカエデ、今日は先輩と一緒に食べないんだ?」

「……この前せんぱいに、友達と一緒には食べないのかって聞かれた」

「ふうん?」

「わたしに友達がいないって、先輩に思われるのは心外。だから今日はささみと食べてる」

「まあ実際、カエデは友達いないしね!」

「……そんなことない」


 カエデは憮然とした顔で否定するけれど、佐藤ささみが知る限り、カエデに友達がいないのは厳然たる事実である。

 なにしろ滅茶苦茶美人の上に、おっぱいが大きすぎてウエストも細すぎで脚も長いし、他のスペックも勉強以外は基本的にチート。

 これでは普通の女子は恐れ多くて近寄れない。

 彼氏持ちは別の理由でダメだ、だって彼氏にカエデを紹介してガチ恋されても困るし。


 それでいてカエデの態度は終始素っ気なく、他人と関わることを好まないタイプ。

 しかも陽キャ的なノリを一刀両断で切り捨てる、極めてノリの悪い少女でもある。

 なので陽キャともソリが合わない。

 男はもっとダメだ。

 なにしろ例の以外、カエデは男を基本的に近寄らせない。


「まあ社交的になったカエデなんて、想像もつかないけどね!」

「……ひどい……もぐもぐ……」

「本当に違うと思ってるなら、顔も上げずにドカベン食べながら答えるの止めなさいよね!」


 なにしろ食事の分量が違うので、一緒に食べ始めてもカエデが食べ終わる方が遅い。

 なので先に食べ終えた佐藤ささみは、白米をかっ込んでいるカエデの横でファッション雑誌を読んでいることが多い。

 カエデはファッションに疎いので、少しでも興味を持たせようという目論見もある。なにしろカエデは、先輩の前以外では常時ジャージでも気にしない系女子なので。

 そしてその日、カエデは佐藤ささみの垂らした釣針にヒットした。


「……ささみ、なにそれ?」

「珍しいわね、カエデいっつもファッション雑誌なんて気にもしないのに」

「じゃなくてこれ」

「表紙? 六郷リッカじゃない」

「それは知ってる」

「まあリッカちゃんは凄いわよね。ちょっと前まで男にだけ超人気なグラビアアイドルだったのに、今や女子にも大人気の超国民的アイドルだもん」

「……そうなの?」

「知らないの? ちょうど一ヶ月前に出たリッカちゃんの最新動画、そこに映ったリッカちゃんの笑顔が滅茶苦茶可愛すぎるって大ブレイクしたのよ」


 六郷リッカの通算13本目の動画は、それまでとは全く傾向の異なるものだった。

 今までのいかにもグラビアアイドルっぽい、過剰に発育したスタイルを強調するサービスシーン満載の内容から、ごく自然な日常を切り取ったようなシーンがメインになって。

 プールシーンなどはあるものの、カメラも胸や尻や太腿はごく自然に映すにとどめて、リッカのくるくると動く表情を中心に撮影されて。

 そして顔こそ映されていないものの、明らかに恋人役であろう男性が登場していた。

 リッカはその中で、男性に向かって笑い、戸惑い、手を繋ぎ、キスをねだり、時にはおっぱいを押しつけたりして、まるで本気で恋する少女のように振る舞って。

 そんなリッカのけなげな可憐さに、男どもはハートをズキュンと撃ち抜かれ(股間はとっくに撃ち抜かれ済み)、女性たちもリッカの恋を本気で応援する声が日に日に高まり、ついには男性に匹敵するほどの好感度を獲得するに至ったのだ。


 リッカに対する今の世間の認識は、以前のような『小悪魔ドチャシコサキュバス美少女』でも、ましてや『キンタマ破裂まで絶対搾精止めないガール』でもない。

 ただ美少女すぎなうえにスタイルが過剰発育しすぎただけの、どこにでもいる可愛らしい身近で平凡な女の子──という認識をされている。

 もちろんリッカ級の美少女もしくは抜群スタイルなだけでも、身近にいるはずも平凡であるはずもないのだが、そこは動画における役柄がそのまま定着した結果だった。


「カエデは本屋とか行かないから知らないだろうけど、今はリッカちゃんが表紙ならどんな雑誌でも即完売なんだって。中でもこの、リッカちゃんを特集した増刊号はネットでプレミアが3万円とかついちゃって、慌てて大増刷したけどそっちも瞬殺。わたしなんて徹夜で本屋に並んだけど、これがギリギリ最後の一冊だったわよ」

「今カエデが持ってるこの本? 3万もするの?」

「前はね。しかもそんだけ増刷されたのに、まだ1万円くらいで売れるみたい」


 自慢げに佐藤ささみが見せびらかしているその増刊号だが、実はシロの家の押し入れには20冊ほどが束になって眠っていたりする。

 ある日リッカが見本誌を持ってきて、そのまま置いていったからである。

 リッカに忘れ物だと連絡しても「ああ、そこに忘れていたか。もういらないからキミにあげるよ、好きに使いたまえ」とか言われて、けれど使い道などあるはずもなくそのまま押し入れに放置されているのだ。


 ちなみにシロは知らないが、リッカは当然のように計画的に置いてきていた。

 好きに使いたまえ、という意味もぶっちゃけて言えば「これでおシコりなさい!」という意味である。

 しかも雑誌に股間を擦りつけて万一汚れても大丈夫なようにと、予備で20冊も置いてくる始末だ。さらにその一冊一冊に、メッセージ付き直筆サインとキスマーク入り生写真まで封入する念の入れよう。

 ただしシロは雑誌を見てもいないので、そのことには一切気付いていない。


「いやホント、リッカちゃんブームってすごいわー。あれ以上盛り上がりようがないと思ってたのに、まさか女まで熱狂するとはね。でもリッカちゃん可愛いもんねー……ってどうしたのカエデ?」

「見たい」

「見たいって、この本? カエデが? 珍しい」

「本当は見たくないけど……なんだかイヤな予感がする。だから見たい」

「まあいいけど。ほい」


 カエデが渡された雑誌をひったくるような勢いで手に取り、険しい顔でページをめくっていく。

 カエデの表情がどんどん厳しいものになっていく。


「……女豹」

「カエデ?」

「女豹。あばずれ。みんな騙されてる」

「どういうことよ?」

「ぜんぜん可愛くなんかない。この女、セックスのことしか考えてない。しかも普通に考えたら絶対手を出さないような相手を、虎視眈々と狙ってる。これはそういう目」

「いやいや考えすぎでしょさすがに」


 佐藤ささみは苦笑するが、もしも話をしている相手がマネージャーの河合だったら深い賛同を得られたはずである。


「……せんぱいも、騙されてるのかも。女豹に」

「それ、カエデが狙ってる例の先輩? まあ今のリッカちゃん見て好きにならなかったら、もはや男として不能でしょ」

「……どうすればいい?」

「どうすればって……まあ女豹に対抗するなら女豹じゃない? カエデなら本気出せばワンチャン、リッカちゃんにも対抗できる女豹に……ってちょっとカエデ? いきなり立ち上がったうえに拳なんかグッと握りしめちゃって、一体どうしたのよ?」

「せんぱい、助けに行かなくちゃ。このままじゃ危険が危ない──!」


 よく分からない決意を胸に秘めて屋上から走り去るカエデに、佐藤ささみは「相変わらずカエデの行動は謎すぎるわね……」と言いながら首を捻ったのだった。

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