第27話 一流AV男優への道

「ホント、おれは悔しい! めちゃめちゃ悔しいんだッッッッッッ!!」


 監督の第一声に、マネージャーの河合は「これは長くなるぞ……」と首をすくめた。

 今日の撮影は中止、予定分は後日改めてということになり。

 急遽準備された会議室には、主要スタッフと一緒になぜかシロまで連れてこられた。

 ちなみにリッカは機転を利かせた河合によって、すでに事務所に戻っている。


「おれはあんなに素で滅茶苦茶可愛くて、それでいて今までになくエッチなリッカちゃんを見たことがない! そんな天上から舞い降りたドスケベエンジェル、恋人にしたいナンバーワンサキュバスリッカちゃんの魅力をおれは今まで引き出せずにいた! なのにおれはそれに気付かず、今までリッカちゃん可愛いだの、リッカちゃんマジ天使だのって思ってた! 真に魅力的なリッカちゃんを見ていないのにだ! おれはそれが悔しいんだよ!」

「ええと、ウチのリッカは常に成長を続けてますので──」

「そうじゃねえ! おれのココロのチンポがどこまで勃つか、これはそういう話なんだよ!」


 シロはそれを聞きながら、言いたいことはよく分からないけど監督は超絶悔しいらしい──という大変ふんわりした理解に至った。あとココロのチンポってなんぞ?

 内心首をかしげながら、それでも真面目な顔をして話を聞くフリをしていると、シロの隣に陣取っていた演出助手が小声で話しかけてくる。


「元カレさん、お疲れ様です」

「あ、はい。お疲れ様です」

「監督の言ってることは聞き流してください、ああいう人なんで……でも元カレさん、滅茶苦茶才能あるじゃないですか。監督じゃないですけど、ぼくも仰天しましたよ。元カレさんマジパねえって」

「あ、ありがとうございます……?」

「それで、元カレさんにご相談なんですけど……AV男優に興味はありませんか?」

「えええええっ!?」

「じつはおれ、巨匠の撮影助手の副業でAV監督もしてるんですよ。別名義なんですけど、村西光太郎マカリトールって名前でそっちじゃ結構売れっ子なんです」

「そ、そうなんですか?」

「元カレさんなら、汁男優なんかすっ飛ばしてすぐにトップ男優になれます。おれの感がマジ間違いねーって叫んでますから」

「いやいや、やりませんよ!?」

「なるほど、待遇に不満ってわけですか。分かりました。ではここはおれの力で、なんとか元カレさんを最初からトップ男優に据えてシリーズものを……」

「ぼくにAV男優なんて無理ですからね!?」

「なに言ってるんです? あの、リッカちゃんの背中をモミモミしただけでトロトロに蕩けさせる魔性のテクニックを持ちながら、AV男優にならないなんて世界人類の損失ですよ? それにいかにもAV男優っぽい細マッチョだし、あとは日サロでこんがり焼けば完璧……あ、日サロってのは日焼けサロンのことですね。ウチで決めてくれれば経費で落とします!」

「そんなアピールされても無理ですってば!」


 横から小声で、撮影助手がとんでもない未知の世界の扉を開いている。

 そんな危険人物から救いを求めるように、シロが監督と河合を交互に見たものの、こちらも話が煮詰まっているご様子であった。


「なにが天才監督だ、アカデミー監督賞だ! ──おれは元カレが引き出したリッカちゃんを見るまで、無意識にただの滅茶苦茶可愛いドチャシコ天然爆乳エロエロサキュバス美少女だとしか思ってなかった! でもそんなんじゃねえんだよ! つまり──」

「だからどうしたいんですか一体」

「純愛だよ! ロマンだよ! なにより悲恋だよ、リッカちゃんに似合うのは!」

「はあ……」

「例えばだな! 天邪鬼ヒロイン役のリッカちゃんが相手の気を引きたくて、つい別れ話を切り出すわけよ、しかも心ない言葉で罵って! それで彼氏はマトモだから普通に傷ついて別れるんだけど、リッカちゃんはそのことをずっと後悔してるわけ! でもリッカちゃんは天邪鬼だし、カッコつけて外面はクールヒロインを気取ってるから言い出せないんだな! そんなリッカちゃんは、毎晩静かに泣きながら元カレのことを思い出しながら、元カレのために発育しまくった自分の豊満すぎる身体を慰めてシコりまくり──」

「黙れ変態。あとリッカに絶対そんな話をしないように、いいですか絶対にですよ。本当に、何があっても言っちゃダメですからね?」


 ……とても助けを求められる状況ではなさそうだ。

 なのでシロは、撮影助手の話に付き合うしかなかった。


「とりあえず、のちほど事務所におれの監督したAVを全部お送りしますんで、まずはそちらを見てもらってから再度お話させてもらえば……」

「あ、あの、ぼくまだ高校生なので、そういうのを送られても」

「高校生ですか!? なのにあの天性のフィンガーテク……こいつはとんでもない大物を見つけちまいましたぜ……フフフ……」

「いや男に舌なめずりされても、背筋に悪寒が走るだけなんですけどね?」

「ひょっとしたらおれ、元カレさんになら掘られてもいいかもしれない」

「ぼくは掘りたくありませんよ!? ていうか何をですか!」

「何をって、そんなのに決まってるでしょう?」

「すみません、ぼくそういう趣味ないので」

「おれだってありませんよ。ですが元カレさん、考えてみてください。戦国時代に衆道は一般的で、噂によれば織田信長だって男とパコってたらしいっす」

「ぼくは今を生きる現代人ですから!?」

「なるほど、やはりAV男優の方がお望みですか。ではさっそく契約書の準備を──」

「話がループした!」


 シロが隣の男に頭を抱えたその時。

 ヒゲ監督の野太い声がシロを名指しした。


「ってことだが──オイそこの元カレ、ちゃんと話聞いてたか!?」

「あっ、は、はいぃっ!?」


 とつぜん呼ばれて顔を上げると、ヒゲ面の監督を含めた一同がシロを凝視していた。

 しかももの凄く真剣な眼差しで。

 シロがまさか聞いていませんでしたとも言えずに言葉を濁す。


「え、えっと、あのその……」

「よし聞いてたな! じゃあ元カレ、よろしく頼んだぞ!」

「……はい?」


 ぽかんとするシロは不安そうな河合の顔を見て、なにかとんでもないことになったらしいと悟ったのだった。

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