第32話 後輩と決意
目が覚めたら夜だった。
いつの間にか眠っていたらしい。身体が凄く重い。
それもそのはず、シロの上半身には静かに寝息を立てている制服姿のカエデがぴとっと張り付いているのだから。
カエデは正面から両腕を背中に回していて、絶対に離れないという意志を感じさせる。
二人の身体に挟まれたカエデのおっぱいは、押し潰されまくってとんでもないことになっていた。
「ああそうか……泣いちゃったカエデをあやしてるうちに、カエデもぼくも寝ちゃったんだ。しかも部室の体育館マットの上で……」
シロの認識では、話している最中カエデが突然、近代文学史に残る詩集の名前を叫んだかと思ったら泣き崩れてしまった、ということになる。
理由はさっぱり分からない。
なのでシロは、カエデがなにか突然、詩集にまつわる悲しいことでも思い出したんだろうか──なんて見当違いのことを考えている。
それにしてもカエデって意外と文学少女だったんだなあ──なんて、もっと見当違いのことも考えている。
やがてカエデが目を覚ますと、自分が抱きついている相手を見て目を丸くした。
「……えっとせんぱい、もしかしてヤった? でもわたし、覚えてない……!」
「なにもやってないよ!?」
「でも若い男女が、体育館マットの上で一緒に寝ている。ここから想定できることは一つだけ。つまり荒々しいセック」
「本当に何もしてないから! いきなり泣き出したカエデが泣き止むように、背中や頭をさすったりしてるうちに二人とも寝ちゃっただけだからね!」
「…………ごめんなさい。わたし、とても動揺したみたい」
「いったい突然どうしたのさ?」
「それは言えない」
シロがなにか勘違いしてるらしいと素早く読み取ったカエデは、詳しく説明することを避けた。
真の
「それよりも、せんぱいに聞きたいことがある」
「ぼく? なにを?」
「せんぱいが童貞を喪失した時の──」
「ぼく、文学とか全然詳しくないよ?」
「はおいといて、元カノについて。くわしく」
「ええ……?」
シロはもちろん、自分の元カノが六郷リッカだと公言する気なんてさらさら無い。
それどころか現在その絡みでバイトしている以上、守秘義務に違反するんじゃないかという気もする。
なのでリッカを特定できそうな情報はできるだけ省いて、当たり障りのない話だけすると。
話を聞き終えたカエデは、シロの顔をじっと見つめてこう訊いてきた。
「せんぱい。その女のこと、まだ好きだったりする?」
「恋愛的な好きは無いかな。さすがに嫌いにはなれないけど、苦手ではあるしね」
「よりを戻したりは?」
「ないない。お互いそんなこと考えないよ」
リッカは元さやに戻る気まんまんなのだが、シロがそれを知るはずもなく全否定する。
そのきっぱりと断言した態度は、カエデのお気に召したようで。
「そう。ならばいい」
「なにがいいかは知らないけどさ、そろそろ帰ろうか。とっくに下校時間過ぎてるし」
「うん」
学校から出て並んで歩く帰り道。
カエデは半歩後ろを歩きながら、静かに策略を練っていた。
(侮れない……わたし以外にも、せんぱいの良さに気づく勘の良いオンナはいる……なんとかしなくちゃ……)
話を聞く限り、二人が付き合っていたのは中学時代のようだった。
つまり童貞が失われたのは、カエデが出合う前の出来事。痛恨だけど不可抗力。
けれど未来については、そうはいかない。
(やっぱり告白……でもせんぱいに振られたら死ぬしかない……でもこのままだと誰かほかに恋人ができる危険性が……ううう……)
「そうだ、夏の合宿のことなんだけど」
「ひゃいっ!? ……な、なに?」
「えっとね、部長やっぱり参加できないって。だからぼくたち二人だけになるし、今回の合宿はいっそナシってことにしようかなって」
「それはだめ。合宿はやるべき、べつに二人きりでもいい」
カエデは決意した。
夏合宿中になんとしても、シロを落としてみせるんだと。
ならば合宿は二人きりの方が大変都合がいいと思ったけれど、そこまではさすがに言わない。
「いや、ぼくは別にそれでもいいけど……でもぼくと二人きりだよ?」
「問題なし」
「じゃあカエデの行きたいところで合宿しようか。海と山、どっちがいい?」
「両方」
海は水着チャンスがあるし、山は温泉混浴チャンスがある。
自分の水着も裸もどうでもいいが、せんぱいの水着と裸は絶対に抑えたい。
できればタオルで股間だけかくして「いやん、まいっちんぐ」とか言って欲しい。
想像だけでどんぶりメシ三杯は軽くいける。
「せんぱいは夏休みもバイトするの?」
「多分。そっちの日程も確認しなくちゃ」
「被らないように計画すればいい。詳しく分かったらすぐに教えて」
「うん」
カエデが灰色の脳細胞をむりむり動かして考える。
合宿中に、せんぱいを確実に落とすにはどうしたらいいか。
(……やっぱり、ささみに相談しよう)
カエデが色恋沙汰を唯一相談できる相手、佐藤ささみ。
口は悪いがいろんなことを知っている、カエデにとってお婆ちゃんの知恵袋的存在である。
(ささみならきっと、混浴温泉で足を滑らせた拍子にわたしとせんぱいの股間が合体する方法だって伝授してくれるに違いない……!)
そんな、佐藤ささみが聞いたら「バッカじゃないの!? ねえカエデ、あんたホントにバッカじゃないの!? アンタわたしに、バッカじゃなかろかルンバでも踊らせたいの!?」などと連呼しそうなことを真剣に考えながら、シロの身体に寄り添うように下校するのであった。
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