第33話 モノマネ中に後ろから本人が登場して一同ビックリな例のアレ

「……むー、ならばこれをこう……でもこれだと……」


 事務所の一室でリッカのマネージャーである河合が唸っていると、リッカが雑誌の取材を終えて会議室から戻ってきた。


「どうしたんだいマネージャー? そんなに悩んだりして」

「アレですよ、シロくんの夏休みのスケジュールの件です」

「ああ。部活の合宿に行くんだって?」


 リッカがふむと顎に手を当てて、


「どうだろう。アイツには休みなんて無い、全日出勤だと言ってやるのは?」

「完全に労働基準法と児童福祉法違反ですね」

「もしくはアレだ、ボクと海外ロケだと称してハワイでもスリジャヤワルダナプラコッテでもンジャメナでも連れて行って、日本に戻れなくするというのは」

「それだとリッカさんも戻れないじゃないですか。リッカさん、日本でのスケジュールもパンパンなんですからね? むしろパンク状態です」

「そんなになのかい?」

「この前の動画があまりに好評すぎて、連ドラや大物演出家の舞台なんかが立て続けに決まりましたからね。アレですよアレ、リッカさんが元カレともっと二人で練習したいから、演技系の仕事を多めに入れていいって言ってたやつです」

「そ、そうか……まあアイツの部屋で恋人プレイをするのも嫌いではないしな……ふふっ」


 リッカがなにを思い出したのかニヨニヨし始めるが、そんなこと河合にとってはどうでもいい。

 あと建前上は演技の練習である。恋人プレイとかいうな。


「それでアイツの合宿って、一体どれだけ休むんだ?」

「合宿自体は四泊五日だそうです。それに準備などもあるので、合わせて一週間は空けてほしいと」

「い、一週間っ!? それはダメだ、ボクが彼氏欠乏症で死んでしまう!」

「元カレでしょう、なに勝手に現役復帰させてるんですか。それに再会までブランクもあったんですし死にはしませんよ」

「いや、そんなに離れていたらシコりすぎで本当に死ぬ可能性が」

「オナニー覚えたての男子中学生を上回る性欲ですね」

「そういえばボクの胸、アイツと別れてから成長が止まっていたのに最近また膨らみ始めたんだよ。きっと胸がドキドキするからだろうね」

「サル並みの頻度でシコシコしてる時に、おっぱい揉みすぎなだけです」

「なっ!?」


 なぜその秘密を知っているのか、という顔でフリーズするリッカなど今はどうでもいい。

 河合にとって、いま解決すべきは本人でなく元カレの方だ。


「うーん……やっぱり八月の最終週、ここしかない……」

「それでマネージャー、アイツが合宿でどこに行くとか聞いたのかい? それ以前にアイツの都合で合宿の日程など動かせるものなのか?」

「なんでも参加者が二人しかいないらしくて、そこら辺は融通が利くみたいですね。宿を決めるのもこれからみたいですし」

「二人? わざわざ合宿なんてする意味あるのかいそれは?」

「あるんじゃないんですか? 部員二人の親睦も深められますし」

「……もしやアイツと一緒に行くのは、女子ではないだろうね?」

「そこまでは知りませんよ」

「…………」


 沈黙が流れる。

 リッカは元カレが中学時代、影でモテていたことを知っている。

 ただしモテる対象が、よく見れば美少女だけど影が薄くて内気みたいな子ばっかりだったので、明確な告白などはされず本人もモテていた自覚がまるでない。

 もしも今の学校でもそうだったら。

 そして合宿に一緒に行くのが、可愛いけど内気な女子だったとしたら……


「マネージャー」

「却下です。シロくんを希望通りに休ませるのは決定事項ですからね」

「まだ何も言ってないが」

「リッカさんの泣きそうな顔を見れば分かりますよ。でも今回はダメです。今だってスジが通らないところを、無理矢理押し通してバイトお願いしてるんですから」

「むっ……」


 強引に元カレの家に押しかけている自覚のあるリッカは、そう言われると黙るしかない。


「マネージャー」

「あげません」

「なにもくれとは言ってないだろう……スケジュールを見たいだけだ。ふむ、八月最終週か」

「そうです。ここ、リッカさんは地方をあちこち飛び回るスケジュールなんですよね」

「ほう」

「なので合間合間で事務所に戻ってきては気分転換がてら動画撮影……と思ってたんですが、シロくんのことを考えなければ戻ってこない方が移動効率もいいですし」

「ではマネージャー、ここにある温泉旅館一泊というのは?」

「なんでも老舗の超高級旅館が創業200周年とかで、そのレセプションですよ。パーティーに顔を出しさえすればその後は自由なので、慰労を兼ねてシロくんを呼んでもいいかなと思ってたんですが」

「いいね、それで行こうじゃないか」

「はい? だからリッカさんの元カレは合宿中なんですってば」

「でも宿泊先はまだ決まっていないんだろう? それに二人だ」

「……ああ、なるほど」


 河合はすぐに、リッカの言わんとしていることを理解した。

 要するに。

 元カレが合宿しているところに突撃するつもりなのだこの女は。


「つまりサプライズですか? 例えるならモノマネ番組で後ろから本人登場して一同ビックリな例のアレ的な」

「もちろんそうさ。言ったらアイツは絶対断るに決まってるからね」

「このお宿、滅茶苦茶お高い上に一年前から予約で満杯、しかも相当なコネが無いとその予約列にすら並べないって有名な超高級老舗旅館なんですけどね?」

「それほどの高級宿なら、万一のために予備部屋くらい用意してあるだろう。それを借りればいい」

「……まあ今のリッカさんのタレントパワーなら、それくらいは楽勝ですけど」

「あいつには、スポンサーからタダ券貰ったとでも言って宿泊券を渡せばいいさ。もちろん費用はボクが出そう」

「それは事務所の経費でなんとかします」


 河合は考える。

 もしもリッカが、サプライズで突撃したら一体どうなるか。

 シロは後輩と二人で合宿なのだと言っていた。


 もしも後輩が男だったら、まず間違いなくリッカの登場に狂喜乱舞するだろう。

 タダの宿泊券をもぎ取ってきたシロにますます感謝するだろうし、シロも鼻が高いに違いない。だからその場合はいい。

 では後輩が女だったらどうなるか……


(その時はリッカさん、滅茶苦茶牽制しまくるんだろうな……すごく目に浮かぶ……)


 河合が遠い目になった。

 さすがに元カレ云々とは言わないだろうが、バイト先でいつも一緒だとかなんとか言いながら、さりげなく元カレの腕を取ってメロン顔負けの爆乳をぐいぐい押しつけたりするのだろう。もしくはふざけたフリして、背後から思い切り抱きしめるとか。

 その時、もちろん目は笑っていない。

 後輩の女子に親密さと、自分がどれだけメスとして上位存在なのかをアピールしまくり、万一にも恋愛感情など起こさないようにプライドをゴリゴリに磨り潰すのではなかろうか。

 ──そうして、あんな爆乳美少女とバイトでいつも一緒なら自分なんか絶対に敵わないなって思わせて、身を引かせるように仕向ける。

 行動自体は可愛い嫉妬なのだけれど、破壊力が抜群すぎてドン引きだ。


(……さっさと付き合ってくれると、こっちも楽なんだけど……)


 そんなに彼女ヅラしたいなら、さっさと告っちゃえと言いたかった。

 けれど、そんな河合はまだ知らない。


 シロの部活の後輩がおおむねリッカと同類の、彼女ヅラを拗らせまくった相当な難物であるという事実を。

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