第34話 後輩と人気AV監督

 その日、動画撮影が終わったシロが撮影助手に声を掛けられた。


「元カレさん、お疲れ様でした。この後なんですがちょっとお時間いいですかね?」

「はい、なんでしょうか?」

「お疲れのところで恐縮なんですが、ちょっと個人的な相談に乗っていただければと……あ、今日はAV男優のお誘いじゃないです。そちらはまた今度改めて」

「いや男優には誘ってくれなくていいんですけどね!?」

「それでどうでしょう?」

「構いませんよ……普通の相談なら」

「恋愛相談なんで大丈夫ですよ」


 シロが動画撮影の現場で、いちばん心が落ち着くのはこの撮影助手と話している時だった。

 なにしろ巨匠の監督と違って話しやすいし、リッカみたいに振られた元カノじゃないし、河合のような振られた元カノのマネージャーでもないし。

 最近はホームビデオ感覚で河合が撮影することも多いのだけど、きちんとスタジオを借りたロケなんかでは監督や撮影助手が出てくるし、そっちの方がシロとしては気楽だったりする。


 そんなわけで撮影助手には内心感謝しているので、相談くらいなら乗ってあげたいとシロは思う。

 ただし面と向かってそんなことは絶対言わない。

 言ったが最後、AV男優デビューまっしぐらのルートしか見えないので。


 シロがリッカや河合と別れて、撮影助手と街を歩きながら話を聞いた。


「じつは、高校生のいとこから相談されまして。とはいっても、いとこ本人じゃなくて親友の話らしいんですが」

「恋愛相談なんですよね?」

「ええ。それがなんでも、いとこの親友が絶対に落としたい、部活の先輩がいるとかで」

「ははあ。つまり告白したいと?」

「最終的にはそうなんでしょうけどね。でもその前に、絶対に彼氏彼女になるために、あらゆる手を打ちたいらしいんですよ。それはもう違法ギリギリのハメ手でも」

「……いきなり話がおかしくなってきたような……?」

「それでまあ『お兄ちゃん、最近は女王様ものとか縛りプレイものとか逆レイプものでもヒット飛ばしてるんでしょ? だったらオトコを陥落させる方法も詳しいよね!』なんて言われてしまいまして」

「……なんで高校生がAVについて詳しいんですかね……? そりゃ中身を見なければセーフなのかもしれませんけど……」

「はは、いつまで経っても兄離れしなくて困ってますよ」

「……そうですね……」


 そういう意味じゃないですと言いたかったけど、ここでツッコむと面倒なことになる気がしたので敢えてスルーするシロだった。


「でまあ、いとこに頼られるのは構わないんですが。こういう話ならやはり、現役男子高校生も一緒にいた方が、リアルな意見を出せるんじゃないかと思いまして」

「それでぼくですか」

「もう一つ理由があります。──なんでもいとこによると、その親友の女子高生なんですけど、リッカちゃんに匹敵する美貌とおっぱいの持ち主だとか」

「へえ?」

「まあ人類で一番可愛いうえに、人類で一番スタイル抜群なリッカちゃんに匹敵するなんてありえない話ですけどね。とはいえ向こうがそこまでデカく出るなら、こっちはなんと本物のリッカちゃんの元カレがいるんだぞって、ビビらしてやろうって魂胆です」

「……あれ? 事務所的に、それって部外者に言っちゃっていいのかな?」

「まあ絶対にダメでしょうね。なので向こうには言いませんよ、こいつはあくまでおれの心意気ってやつでして」


 撮影助手が連れてきたのは、小綺麗な喫茶店チェーンの奥にある会議スペースだった。

 詰めれば八人くらい掛けられるスペースに、テーブルとホワイトボードが設置されている。


「じゃあさっそく始めちゃいますね……もしもーし」


 撮影助手が携帯でやり取りを始める。

 向こうのいとことその親友は、すでにスタンバっていたようだ。

 スマホをスピーカーモードにすると、向こう側の声が聞こえてくる。


「うーん、ちょっとエコー掛かって聞き取りづらいですね。これじゃ誰が誰の声だか分からないなあ」

「いいんじゃないですか? お互い名前も知らない同士ってことで、プライバシー保護みたいなものだと思えば」

「はは、そりゃそうですね」


 準備ができたところでお話を伺う。

 今回の相談者、撮影助手のいとこの親友であるところのカエデ(仮名)は、部活の先輩に恋しているとのこと。

 ここまでは事前に聞いていた通りだったが。


『──正直、わたしはいつせんぱいにレイプされて、望まない子供を産むことになっても構わない。ていうかむしろそれが希望。超希望』

「はいはい。カエデさん(仮名)が望んだら、それ望まない子供じゃないからね?」

『しまった。それは想定外』


 ターゲットの先輩はいかにもモテないタイプだったので、告白する勇気もないまま先延ばしにしていたのだが、最近になって先輩が過去の女とエッチしていたことが大発覚したのだという。


『──正直、嫉妬で気が狂いそうになった。せんぱいの童貞を奪ったその女が憎くて仕方ない。最近は毎晩、その女がせんぱいを寝取ったシーンを想像して泣きながらシコり続けるうちに、いつの間にか泣き寝入りして気付いたら朝を迎える荒れた日々』

「ちょっと待って、時系列おかしくない? たしかカエデさん(仮名)が出合う前に別れた彼女なんだよね? それ寝取りとか関係ないからね?」

『時系列なんてささいなこと。とにかく自分が美味しくいただくはずだったせんぱいの童貞が他のビッチに取られたかと思うと、悔しさのあまり興奮……めまいがして夜も眠れない』

「興奮って言った! それただ寝取られ妄想して興奮してるだけだよね!?」

『……そんなわけない。断固として違う。絶対に違う』

「本当に? 神に誓って断言できる?」

『もちろん』

「先輩に誓って断言できる?」

『……わたしが興奮したかどうかなんてどうでもいいこと。話を続ける』


 カエデ(仮名)の話は続く。

 やはり先輩の魅力は、分かる女には分かるものだったのだ。

 これ以上先延ばしにしていたらいずれまた他の女に寝取られてしまうと危惧したカエデ(仮名)は、今度の夏合宿で先輩に告白することを大決定。けれど可能性は少しでも高めたいよね。だって振られたら死んじゃうし。


「死んじゃうの!?」

『もちろん。なぜならココロが死ぬ。わたしがわたしでなくなる。絶対に立ち直れない自信がある』

「そんな自信いらないからね!?」

『──とまあね、ウチのカエデ(仮名)はこんな感じなのよ。というわけで仕方ないから、どんな汚い手を使ってでも恋を成就させてあげようってことで、売れっ子AV監督のお兄ちゃんとその助っ人さんに相談してるってわけなのよ。えっと、助っ人さんはなんて呼べば──』

「あ、ぼくのことは元カレって呼んでください。誰の元カレかは言えないんですけど」

『りょーかいです』

「確認するけど、相談って言うのはどうやって告白を成功させるかってことでいいんだよね?」

『そうです、なのでそのための具体的な方策を相談したいと。例えば──』

「例えば?」

『もしもカエデ(仮名)が振られたときには、良い感じにレズ墜ちしそうな告白方法とか……や、やだなあ。冗談デスヨ?』

「……」


 この人たち本当に大丈夫なのかな、と心配になるシロであった。

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