第3話 チャリティーオークション

 リッカが元カレを襲撃してから一週間が経過した。


 あの日以来、まるで生まれ変わったみたいに超ウルトラ絶好調モードが続いていたリッカだったが、今日のリッカはなんだか暗い顔をしている。

 とはいえ時折思い出したようにニヤけ笑いをしているので、完全に落ち込んでいるわけでもないらしい。

 マネージャーの河合は内心『めんどくせー』などと思いつつ、それでも仕事上の義務としてリッカに声を掛けることにした。

 事務所の外の自販機でコーラを二本買い、一本をリッカに渡して自分も一本飲みながら訊ねる。


「で、いったい何があったんですか?」

「……アイツに怒られた」

「アイツってのは元カレのことですか? 元カレのことですね?」

「さすがマネージャー、よく分かってるね」


 分かるもなにも、アンタをそこまで動揺させる相手なんて元カレしかいないでしょう? そんなの誰でも分かりますからね……などと河合は口にしない。

 言いたいことを言うのが子供なら、言うべきことを言うのが大人。それが河合の信条である。

 ちゃんと実行できているかどうかはともかく。

 そして優秀なマネージャーを演出するには、リッカがポンコツであると暴露するより、そんなの知らんぷりしていた方がいいに決まっているのだ。


「それで、いったいなんで怒られたんです?」

「うん。この前アイツの家に訪問したときに、ボクは手土産とマッサージ代金も兼ねて、あるプレゼントを置いてきたんだけどね」

「はい。それで?」

「さすがにその場で渡すのは恥ずかしかったから、部屋の隅の見つかりにくい場所に置いてきたんだが、どうやらそれが今になって見つかったらしい」

「黙って置いてきたのはアレですが、それでどうして怒られるんです? ……ていうか待ってください、リッカさんいったい何を置いてきたんですか」

「ボクの使い古したブラジャー」

「ぶ────っ!!!!」


 河合が思わず吹きだしたコーラが、リッカの顔面に直撃した。


「……マネージャー、キミね……汚いじゃないか……」

「もも申し訳ありませんっ!? ていうかリッカさんがいけないんですよ、なんですかブラ置いてきたってのは!?」

「だってアイツにお金を渡そうとしても、絶対に受け取らないのは分かっているからね? だからボクの、サイズが小さくなってもう使えないブラを置いてきたのさ。なにしろボクのブラは今なら、ちょっとした金額になるんだろう?」

「そそそそりゃなりますけどっ!」


 つい先日、世間を震撼させたリッカのニュース。

 それはニューヨークで開催された世界最大級のチャリティーオークションに、リッカが三日間着用したブラが出品されたあげく、その日最高値の200万ドルで落札されたというものだった。

 もちろん落札者は非公開だが、納品に付き添った河合はその落札者が世界的ネット企業の創業者であることを知っている。

 他にも売ってくれるならいくらでも買い取る、1日着用につき50万ドルでどうだろう、などとその場で落札者に迫られた河合は、リッカ本人を連れてこなくて本当によかったと思っていたのだが。


「それでリッカさん! 一体どんなブラを置いてきたんですか!?」

「なんでそんなこと知りたいんだい? まあいいけど……あれはボクが半年前に買って、ついこの前ホックが吹き飛ぶまでずっと着けていたRカップのブラだよ」

「半年間ずっと着用!」

「ああ、それと最近ボクは妊娠もしてないのに母乳が出るようになってしまってね。もしアイツがパッド部分を噛みしめたら、染みこんだボクのミルクが口の中に溢れてくるんだろうな。まあアイツに限って、そんなことは絶対してくれないだろうが……」

「しかも産地直送母乳たっぷり!」

「というわけで、以前マネージャーに言われて三日間着用したオークション用ブラよりも軽く100倍はボクの汗やミルクが染みついているだろうね。だからネットオークションで売れば、ちょっとしたお金になるだろうと思って置いてきたのだが……」

「ニセモノ扱いされるに決まってるでしょう!」

「そこは抜かりないさ。ボク直筆の証明書と、ボクが自撮りでブラの遍歴を説明した動画をSDカードに保存して一緒に……」

「いいい今すぐ全部取り返してきてください!! ていうかわたしが行きますっ!」


 ヤバい。今の状況は限りなく危険すぎる。

 元カレ氏は気付いていないだろうが、いま彼の手元にあるアイテムは安く見積もっても人間の肝臓とか、腎臓とか、人生そのものとかがダース単位で買えてしまう逸品である。

 ていうかこの事実が世間に公表されでもしたら、元カレ宅が強盗殺人事件の舞台になる可能性すらある。

 大富豪の持つ後ろ暗い権力を、決して舐めてはいけないのだ。


「ならば二人で一緒に行こう。だが困ったな、ブラを持ち帰るなら代わりになにを渡せばいいだろうか?」

「わたしが適当に菓子折でも見繕いますから! いいですね、絶対に余計なことしないでくださいよ! 代わりに今リッカさんが穿いてるパンツとか渡したらダメですからね!?」

「そそそそんなことしないぞ!? きょ、今日の紐パンはあまり可愛くないから……」


 じゃあ可愛かったら渡すんかいとツッコむ暇もあらばこそ。

 河合は大慌てで、車のキーをひっつかむのであった。

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