第4話 動画撮影

「それじゃマネージャーさん、絶対に、絶対にお願いしますね!」


 そう言い残して去って行くヒゲの巨漢を笑顔でお見送りして、その背中が見えなくなったのを確認すると、リッカのマネージャーである河合ははあっと溜息をついた。


「相手が巨匠過ぎるのも面倒よね……」


 六郷リッカのグラドル活動は、当初動画配信からスタートした。

 最初は河合の素人撮影動画をアップしたのが、すぐにプロによる撮影に切り替わり、動画がバズるごとに予算がどんどん増えまくった結果。

 ついに今回は日本人にしてアカデミー監督賞を受賞したこともある、日本を代表する大物映画監督が動画を撮影することになったのだった。

 とはいえ相手から熱心に売り込んできた話で、しかも将来的にリッカの主演映画を見据えての動画撮影をしたいということで、監督に払うギャラはタダ同然だったりする。

 思いもかけない大物からの売り込みに、河合は小躍りして応じたものの……


「はぁ……リッカさんになんて言おうかな……」


 巨匠を絶対手放したくない気持ちと、リッカを絶対怒らせたくない気持ちの板挟みで河合の胃がしくしく痛い。

 事務所に戻ると、ちょうどリッカが帰っていたので話をすることにした。


「あのですねリッカさん。今度の撮影で、監督が……その、どうしても乳揉みシーンを入れたいと言われまして……」

「ええ? イヤだよ!」

「ですよねえ……」


 分かっていた返答に、それでもがっくりする河合である。


 実は今までのリッカの動画は、その内容自体は至ってユルい。

 それこそリッカの発育過剰ドスケベボディだからこそエロすぎると評判になっただけであり、べつに胸元にバナナも挟んでいないし、アイスキャンデーをペロペロしたりもしないし、両胸を脇からギュッと挟んで強調したりすらしていない。

 それでもどんなAVよりも抜けるしエロいと、リッカの動画は超絶ブレイクしまくったのだった。


 けれど、人間というのは慣れる生き物だ。

 いくらリッカが男性の理想のエロスを濃縮しまくったドチャシコサキュバスだとしても、毎日5回も10回も同じグラドルでシコり続けて数ヶ月もすれば、少しは我満だってできるようになる。

 すると人間の性として、もっとエッチな映像を見たいと思うようになるのは当然だった。


 もちろん世間ではAV出演を願う声が一番大きいが、それは最初から突っぱねているので関係なし。

 けれど日本を代表する映画監督から「おれは、おれはリッカの乳揉みシーンさえ取れれば、後はなんだっていいんだよおぉぉ!!」などと男泣きまでされてしまっては、あまり強くも突っぱねられないというものだ。


「ちなみにリッカさん、自分で胸をギュギュッてするのもNGですか?」

「いや、そんなの別に構わないよ? ボクは他人に揉ませるのがイヤなだけだから」

「ありがとうございます。では監督には、それで妥協してもらいましょうか……」


 これなら最終的には、監督だって納得するだろう。

 とはいえ監督は「リッカちゃんが自分で揉むのもいいけどさ! それよりもっとこう、できれば男のゴツい手で、リッカちゃんの爆乳をぐにんぐにん揉むシーン! それが全世界の男、いやおれが見たい画なんだよおぉぉ!!」とやっぱり男泣きしながら言っていたので、それなりに説得は手間取りそうだけれど。


 でもまあこちらとしても妥協してるわけだし、ここで納得して貰うしかない。ていうか監督だって、最後は納得せざるを得ないはずだ。

 現実としてリッカとあの巨匠の力関係は、現段階ですでにリッカの方が上である。

 もちろんリッカが巨匠相手に偉そうに振る舞うことはないが、もしもリッカと本気でケンカしたりすれば、あの巨匠ですら今後一生映像でメシを食えなくなるのだ。

 それほどの影響力と権力が、今のリッカには既にある。

 そしてそのことを、河合もあの巨匠も理解している。

 リッカ本人は自覚してないだろうけど。


(よっしゃ、問題解決ね)


 河合はこの案件を脳内の解決済フォルダにぶち込んで、次の仕事に着手する準備をしながら何気なく聞いた。


「でもリッカさんって、どうしてそこまで乳揉みシーンを嫌がるんです?」


 河合としてもリッカがガチガチの処女ならともかく、元カレだっていたのだからそこまで嫌がらなくてもいいんじゃないか、という気持ちはあるのだ。

 きっと元カレとはヤることヤってたんだろうし、リッカの規格外すぎる巨乳が揉まれなかったはずがない。

 だから監督の暑苦しい提案を、河合はその場で突っ張りきれなかった。


「乳揉みを嫌がる理由かい? それは、その……あはは……」

「? なに照れてるんですか」

「ああいや……単純な話なんだよ。ちょっと恥ずかしいだけで」

「はあ」

「……ボクのおっぱいを好きにしていいのはさ……アイツだけ、って決めてるから……」

「はああああっ!?」


 思わず思い切りマネージャーとして相応しくない声を出したがそれどころじゃない。

 河合は愕然とした。

 まさかリッカが乳揉みNGの理由は、自分が振った元カレに操を立てているからとかなんだそりゃアホかっつーの。

 このクソアマ、次はハードSMの撮影にして舐めた性根を叩き直してやろうかマジで。


 ──けれど、そこですぐ立て直せるのが河合の敏腕マネージャーたる所以ゆえんでもあって。


「ではリッカさんは、もし元カレに揉まれるなら乳揉みシーンも撮影OKということですか?」

「ええええっ!? い、いやいやいやっ! いくらボクでも、アイツの承諾もなしにを全世界に公開するのは……恥ずかしいし……」

「いやそういうシーンて」

「……だ、だがアイツがどうしてもと言うならっ……ボ、ボクたちのエッチなシーンが世界中に配信されて、数十億人に見られちゃうのも……が、我満すりゅっ……!」

「なに勝手に話をAVにすり替えてるんですか。普通におっぱい揉むだけですよ?」

「そ、それくらい恥ずかしいことなんだ! 少なくともボクにとっては!」


 つまり元カレなら乳揉みOK、むしろ揉まれたいわけね。ふむふむ。

 河合はそう心のメモに書き加えた後、リッカに内心を悟らせない笑顔の裏で、今後の戦略を立てていくのだった。


 ──こりゃあ本気で、元カレくんをウチの事務所に引っ張り込むしかなさそうね。

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