第8話 後輩と演技の練習
二人の練習が始まってすぐ、この状況はヤバいと気付いたが時既に遅し。
「──47ページ目。あくしょん。『せんぱいせんぱい、今日の体育は男子と合同だったんですけど、みんなわたしの胸がすごく揺れてるのを見てきて困っちゃいました』はい」
「え、えっと……『お疲れ様だったね。よし、じゃあぼくがナデナデしてあげよう』」
「『お願いもうす』」
「ちょっとカエデ!? そこのセリフは『べ、別にいいですよ!』って書いてあるよねえ!?」
「小粋なアドリブは演劇の世界では常識。亜弓もそう言ってた」
「亜弓って誰さ!?」
「そんなことどうでもいい。それより演技。あくしょん。
ずいっ、と胸を張りながら頭を差し出されて、シロが慌てて撫でるとカエデが蕩けるように目を細めた。
「せんぱい、すごくいい。演技の才能ある」
「ほ、ほんとうに?」
「間違いない。じゃあ次。『男子ってば、みんなわたしの胸を見て、アイツの胸いったい何センチだろうとか、ブラジャーのサイズはどれくらいだろうなんて噂してるんですよ──せんぱいはわたしの胸、どれくらい大きいと思います?』」
「え、えっと……『考えたこともなかったな。どうだろう、えーと……うーん』」
「『ぶっぶー、時間切れです。せんぱいだけにこっそり教えちゃいますね……わたしのおっぱいサイズは、バスト110センチのQカップです♡』」
「ちょっとカエデ!? 台本には『93センチのFカップです』って書いてあるよね!」
「そんなのわたしが小学五年生の時に通過したサイズ。見くびらないでほしい」
「だから台本んんん!?」
「しかも110センチは入学したときの身体測定のサイズ。あれからもう二ヶ月経ってるし最近ブラがきつくて苦しいから、いま測ったらRかSカップには……」
「そんなこと聞いてないからね!?」
──こんなやりとりは、まだマシな方で。
「89ページ。あくしょん。『せんぱい! わたしを助けてくれて、ありがとうございます……!』ぎゅっ」
「わぷうっ!? カエデ、ぼくの顔を胸の谷間に挟まないで!?」
「それは不許可。なぜなら台本に、感極まった『わたし』が『せんぱい』を思いっきり抱きしめるって書かれてる」
「い、息ができないよ!? カエデの胸が、ぼくの顔を塞ぐみたいに押し出されてくるし、それに恥ずかしいし……!」
「せんぱい。それは違う」
「……えっ?」
「一つ忠告。演技中に恥ずかしがるのは御法度。──自分自身を剥き出しにして、全身全霊で演技する。それが演技」
「カエデ……」
「演技の内容が恥ずかしいなんて、要するにカッコつけてるだけ。そんなのじゃ見ている人は引き込まれない。そっちの方がずっとカッコ悪い」
「そ、そっか……そうだよね。ごめん」
「というわけで続き。『は、恥ずかしいですけど……せんぱいなら、わたしの谷間の汗の臭い、クンクンしてもいいですよ……?』」
「ていうかそれ以前に窒息しそうなんだけどね!?」
「『わたしのおっぱいの汗、すっごく甘いフェロモンの濃縮原液なんですよ? どんな男子でもわたしのフェロモン嗅いじゃったら、頭と股間がおばかになって、白いおしっこがぴゅーぴゅー止まらなくなっちゃうんです♡』」
「ぼくの窒息死の危機を無視しないで!? あとそんなセリフないしね!」
シロがちょっぴり涙目になりながら、それにしてもこんな台本の内容で、映画は本当に大丈夫なんだろうかと疑問に感じた。
──もちろんそんなの、大丈夫なはずがなかった。
けれど心配はいらない。
なぜならシロの貰った台本は、元の台本をカエデが大幅に改編したあげくホンモノそっくりに偽造した、いわゆるニセ台本なのだから。
もともとの映画の台本の内容は、基本的に純愛ものである。
六郷リッカをヒロインに想定して書かれているので、それなりにサービスシーンやラッキースケベなんかも盛り込んではいるものの、それでもなんとかカップルからファミリー層までオススメできる健全な内容だ。
それをリッカが、自分と元カレが演技練習する台本だけ、大幅に書き直した。
もちろん内容は弄らないし、セリフもあんまり変わっていない。
あまりに改変しすぎると、いざ本番で混乱するのはリッカなので。
それでは何が違うかと言えば、リッカ改変バーションの台本は、主人公とヒロインの絡むアクションがものすごくオーバーになっている。
ただ二人で歩くだけのシーンが、指を搦めて恋人つなぎしながら歩くシーンに。
誘拐されたヒロインを主人公が助けるシーンでは、なぜか主人公はヒロインをお姫様抱っこしながら逃げるよう変更されたうえ、途中で何度もキスをするシーンに。
エンディングのキスシーンは、軽いバードキスがガンギマリのディープキスになったあげく乳揉みまで追加。
それに加えて、元の台本にはない『主人公とヒロインは元々カップルで、ヒロインは勢いで主人公を振っちゃったけど、それは全然本心じゃなくて、今でもすっごく後悔してる』だの『主人公は物語が進むにつれ、どんどんヒロインともう一度恋人になりたいと思い始める』なんて設定を付け加えたもんだから、リッカから改変原稿を受け取ったマネージャーの河合が『これって、もはや別作品なんじゃないですか?』と頭を抱えるのも当然だった。
ちなみになぜヒロイン役ばかりでなく、ヒロインのライバル役である主人公の後輩まで改変されたかと言えば、リッカによる「……これだと、自分とアイツの部分だけエロエロで、ちょっと不自然か……よし、他のキャラ分も足そう」などという謎の気遣いの産物だった。
とはいえ時間があれば「演技の参考に、他の役のシーンもやってみようじゃないか」とかなんとか言うつもりで、ニヤケ顔で改変した事実は否定できない。
つまりはリッカの余計な気遣い。
それが見も知らぬ、存在すら認識していないライバルのダウナーおかっぱ後輩系爆乳美少女においしく利用されるなどとは、夢にも思わなかったに違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます