第16話 寝起きリポーター

 目が覚めたら朝だった。

 外ではツバメがチュンチュン鳴いていた。いわゆる朝チュンというやつである。

 リッカは、んにゅーと背伸びしながら、腕で目をコシコシ擦って。


「んんっ……? パジャマきてなぃ……? なんれ……」

「リッカさん、おはよーございます……」

「おはよーございます──ってキ、キミィ!? 一体ナニをやってるんだ!?」


 慌てて跳ね起きたリッカの格好は、上半身がブラだけで下半身はブルマ。

 シロのベッドのすぐ横に布団が敷いてあり、リッカはそこに寝ていたようだ。

 ベッドの上では、シロがまるで芸能寝起きリポーターみたいにスマホで動画を撮っている。


「なにって見て分からないかな? 寝起きリポーター」

「なぜそんなことをしとるのかと聞いてるんだっ!」

「いや昨日さ、ブルマスパッツ論議しながらマッサージしてるうちにリッカってば寝落ちしちゃったじゃない? それでマネージャーさんに電話したら、疲れてるんだろうから迷惑でなければそのまま泊めてあげてくれって言われたから」

「ふえええっ!?」

「その時、ついでにって寝起きリポーターも頼まれたわけさ」

「そ、それはいいとしても、ボクのこの格好は……」


 元カレのベッド(の横の布団)に一緒に寝る。

 上半身は(ほとんど)裸。

 昨夜の記憶が途中から無くなっている。

 そう、これら事実の意味するところは……!


「も、もしや、ボクはキミと合体──」

「んなわけないでしょ? だいたい脱いだのリッカだからね? 寝たかと思ったリッカがいきなり起き上がって『ボクが腹踊りの神髄をみせてやるー!』とかなんとか騒いで、またパタンって寝て。それも覚えてない?」

「……記憶にございません」

「ロッキード事件のモノマネなんかしてもダメ。これからも芸能人としてやっていくなら、かなり反省した方がいいと思うよ? 普通は襲われると思うよ?」

「ううっ……ボクはもう二度と、アルコールを口にしないと誓うよ……」

「アルコールなんて一滴も飲んでないから。ていうかリッカって昔から、嬉しいことがあると自分でテンション爆上げして、結果それで酔っちゃうんだよねえ」

「うぐぐぐっ……面目ない……」


 とはいえ実際に、リッカがこの悪癖で身を持ち崩したことはない。

 なぜならリッカが前後不覚になるほどテンションが上がるのは唯一、元カレと二人っきりの時だけだから。

 なのでシロの心配は無用であると断言できる。

 なぜならシロが相手なら、リッカはバンバン過ちを犯したいのだ。


「まあそれはそれとして、朝ご飯食べようか。目玉焼き、卵は一個? 二個? 焼き方は?」

「二個! 両面ポクポクー!」

「はいはい」


 シロが台所に立っている背中を見ながら、リッカがえへへと微笑んだ。

 元カレの家でお泊まりして、朝はやさしく起こしてくれて、ご飯も作ってくれる。

 これは実質的に夫婦と言っても、過言ではないのじゃなかろーか?


 ****


「──んなもの過言に決まってるでしょう。ていうかリッカさん、メス出しするにもほどがありませんか?」


 放っておけばいつまでも練習と称して居座りそうなリッカを引き取って。

 マネージャーの河合が運転するワンボックスで事務所へ向かう車内では、報告という名のリッカの惚気のろけが延々と続いているのだった。


「だ、だって仕方ないじゃないか! アイツの目の前だとどうしてもボクは……って、どうしてマネージャーはそんなに冷静なんだ!」

「そりゃそうでしょ。わたし、当事者でもなんでもないですし」

「いやそうは言うけどね、ボクが思うに──」


 いつもは後部座席に座っているのに、今日は助手席に座って喋りまくっているリッカの顔を、河合が運転しながら横目で眺める。

 いつもリッカを観察している河合だから分かる。

 今日のリッカは過去最高に機嫌がよくて、それに肌なんかも一段レベルアップしたみたいに輝いている。

 これが元カレとお泊まりした御利益かと驚愕する。

 これほどご機嫌なら、ずっと頓挫していたあの話も動かせるかも──


「ところでリッカさん、歌手デビューする話ですが」

「……その話かい? ボクには恋愛ソングなんて似合わないって何度も断ったはずだが」

「コンサートすれば、シロくん呼べますよ?」

「……………うっ………い、いや。やっぱりボクには……」

「二人だけのコンサート、とかもできますし」

「なんだいその興味深いフレーズは。詳しく」

「カラオケボックスでデートとかもいいですよね。歌の練習とか言ってシロくん誘えますし、こっちで事前に用意したボックスなら中でハメたって問題ありません」

「そ、それはすごく魅力的だが、でもボクは歌なんか……」

「そう言えばこの前話したときに、シロくんが『苦手なことに一生懸命頑張る女の子が好き』とか言ったような、言ってないような──」

「任せておきたまえ。ボクは歌には自信がないが、苦手なことに一生懸命頑張ることには大変定評がある女だ。そうだろうマネージャー?」

「もちろんですとも」


 ありがとう。シロくん、マジでありがとう。

 河合は心の中で、シロの顔を思い浮かべて拝んだ。

 どれだけ宥めすかしてもダメだった案件が、元カレ宅から朝帰りの上機嫌にプラスして、元カレとの密室カラオケボックス生パコを匂わせたらあっさりOKが出た。

 感謝の涙で前が見えないよ。


「マネージャー! 前、前!」

「おっと」


 ハンドルを握り直しつつ、なんとかあの子、うちの事務所にガチで就職させられないかなーなどと考える河合であった。 

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