第15話 ブルマ派とスパッツ派
ほどなくして練習を再開し、リッカとシロが台本を読み合う。
もちろん全部お気に入りシーン、言い換えればリッカが魔改変したシーンばかり。
そしてリッカが得た結論。
(こ、このままだとっ……♡ ボクは今日、アイツに萌え殺されてしまうっ……♡)
一つ一つのシーンが、まあ破壊力の高いこと。
リッカが自分の趣味丸出しで書き殴ったのだから当然と言えば当然なのだが、本当に全てのシーンが、リッカの性癖に豪速球でドストライクだったのだ。
(今のシーンも最高だったな! アイツが膝上にボクを乗せて抱きしめるときの仕草とか、ちょっとだけ照れた感じとか、ボクの横乳に腕が埋もれて慌ててるとことか……♡ ボクの母性がキュンキュン反応して、子宮のアクセル全開になるっ♡)
こんな風に、シーン一つ一つに反応しては、萌え死にしそうになるのも当然なのだった。
ちなみにそんなリッカの様子に、シロは全く気付いていない。
というか昔から二人きりだとおかしなヤツだったので、とくに気にしていないのだ。
そうして現在絶賛発情中のリッカは、純真無垢な少年ですら強制精通させちゃうほどのフェロモンを超濃厚に発しているのだけれど、シロは「なんだか熱っぽそうだね……疲れて風邪でも引きかけてるのかな?」などと頓珍漢なことを考えている。
そして開始一時間。
予定時間の三割も経たないうちに、リッカは完全敗北の白旗を揚げた。
「な、なあキミっ、今日はここまでにしよう! ボクはもういろいろと限界だよ!」
「それがいいよ、なんだかリッカ熱っぽそうだし。帰ってゆっくり休んだ方がいいと思う」
「そそそそんなことないぞっ!?」
これ以上の練習続行は生命に関わるが、ここで予定よりずっと早く追い出されては精神が死ぬ。リッカは必死の抵抗を試みた。
「キミだってホラ、ボクがこのまま帰ったら給料が減るだろう? ここはお金のためにも、練習という形にしてボクと話でもしてだね──」
「そんなことどうでもいいよ。いやお金はどうでもよくはないけど、そんなのよりリッカの身体の方が大事だからさ」
「……きゅんっ」
リッカが潤んだ瞳でシロを見つめるが、シロとしては「こっぴどく振られた元カノが病気になったので介抱する。自宅で」というシチュエーションは絶対勘弁していただきたい、というだけの話である。
もちろんいくらリッカのことが苦手であっても、この場でもしリッカが倒れたら、
「だからリッカ、気にせず帰ってよ。マネージャーさんに連絡が取りづらいならボクから話して──」
「いやいやっ!? 本当にボクは平気だから、演技にもの凄いエネルギーを使うから息切れしてるだけで、休んでいれば戻るからっ!」
「……分かったよ。でもそこまで役に入り込めるなんて、本当にリッカってプロの芸能人になったんだね……」
シロが尊敬の眼差しで見つめてくるのがとても辛い。
(違う! 違うんだキミ、そんな目で見ないでくれ! ボクが役に入り込めるのは、ボクがモデルなんだから当然なんだよ──!)
ついでにリッカの消耗が激しいのは、自分の演技のせいではなく元カレの演技に毎回萌え死にしているからだけれど、唯一それを指摘しそうなマネージャーの河合はここにはいない。
「そ、そうだキミ。演技練習の代わりと言ってはなんだが、アンケートに付き合ってくれないか?」
「アンケート?」
「うむ」
「いいよ。どんなアンケート?」
「具体的にはブルマとスパッツ、どちらがいいかということなんだが」
──作品の中で、リッカ扮するヒロインは陸上部に所属していた。
これは中学時代、リッカが実際に陸上部に所属していたことが元ネタとなっている。
ここで一つの論争が起こった。
陸上部のユニフォームはブルマとスパッツ、どちらがいいか論争である。
スパッツ派のプロデューサーは、ブルマなんて時代遅れJCにはスパッツだろと吠え。
ブルマ派の監督は、ガチ陸上はブルマなんだよ分かってねーなと机を叩き。
会議の参加者が真っ二つに分かれて大紛糾したのだが、その時に誰もが大声で自分の主張をがなり立てながら、横目でリッカの様子を窺っていた。
ハッキリ言って、リッカが「こっちがいい」といえば話は終わる。
なぜならリッカが、その現場における絶対権力者だというのが暗黙の了解だからだ。
けれどリッカは難しい顔をして何も言わなかったため、その会議は延びに延び、最後まで結論が出なかったのだった。
「この映画のヒロインは陸上部なんだが、ユニフォームで揉めてしまってね」
「リッカも中学時代は陸上だったよね。リッカの学校は大会だとブルマだったっけ」
「ああそうだ。よく覚えていたね」
口では平然を装いつつも内心は泣きたいほど嬉しいリッカだったけど。
シロに言わせれば、青少年にとって自分のカノジョが大会でブルマかスパッツかは大変重要な問題であり、覚えていない方がおかしい。
なにしろ体操服エッチを妄想する時に必要なディティールなのだから。
「今日はいろいろ持ってきたんだ。ハイレグブルマにローライズブルマにTバックブルマ、スパッツは股下すぐで切れてる0分丈から、ふとももに食い込む1分丈、網タイツ風……」
「こんなに種類があるんだね……」
「持てる限り持ってきたからな。今からボクがキミの前でこれらを穿いていく、キミはその感想を言って欲しい」
「ぼくなんかでいいの?」
「業界関係者の擦れた意見じゃなく、キミみたいな一般人の意見も聞きたいからね。もちろん一つの参考意見程度だけれど」
「分かったよ」
実際は参考意見どころか、シロの意見が即採用されること間違いなしなのだが、当然そんなことを知るはずもない。
「じゃあ穿いていこう。まずはこれから──」
「ちょっと待って!? どうしてリッカはここで穿こうとするのさ!?」
「いちいちキミに隠れて着替えるなんて非効率じゃないか。スカートで隠れてるんだし」
「言いながらスカートぴらぴらさせないで! それにリッカのスカート短いから、見えそうになっちゃうからね!?」
「えっ? ひょっとして今日のボクのパンツ……見えていたのかい?」
「見てないよ!?」
「ちなみに今日のボクのパンツは最初はグリーンの紐パン、さっきトイレで着替えてからは青い横縞のローライズなのだが、見たのはどっちだい? もちろん両方ともだろう?」
「だから見てないよ! ていうかなにぼくん家のトイレでパンツ履き替えてるのさ!?」
「し、仕方ないだろう!? キミがあんなにボクのことを激しく抱きしめ──全部キミが悪いんだからな!」
「まさかの逆ギレ!?」
それからしごく低次元の言い争いが、夜中まで続いたのだった。
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