第20話 メイド喫茶

「リッカさん。明日の仕事は取材が三本とテレビの撮影、それにメイド喫茶の一日店長ですよ」


 そう言いながらマネージャーの河合がスケジュールを渡すと、事務所のソファでだらしなく横になっていたリッカが不思議そうな顔をした。


「メイド喫茶?」

「はい。とある有力なスポンサーさんが、新事業として展開したんです」

「ふうん」

「リッカさんにはそのイメージキャラクターになってほしいと頼み込まれまして。明日は、リッカさん用の特注メイド服を来て貰いますからね」

「そうか」

「おや、乗り気じゃないですね? リッカさんなら大喜びかと思ったのですが。大好きな元カレに、リッカさんのメイド服姿を見せられますよ?」


 河合の言葉に、リッカが小さく息を吐いた。


「それは悪くないんだけどね。でもこれって特注だろう?」

「もちろんです。普通のサイズでリッカさんの胸が入るわけないでしょう」

「だったら汚せないし、ということはアイツとのエッチで使えないじゃないか。それならまったく意味が無い」

「なんでも元カレとのセックス前提で考えるの、いい加減どうかと思いますが?」

「だってメイド服なんて、コスプレエッチ以外にどんな用途があるのさ?」


 それは酷い偏見だと河合は思う。

 世の中には、メイド服を着た美少女を見るだけで癒される殿方が沢山おるんやで。


「それにアイツは真面目だからな。飲食店の制服を汚すなんてとんでもないってタイプだ」

「汚さなければいいでしょう」

「それは違うぞマネージャー。制服ものってのは、制服ごと汚すからいいんじゃないか。ていうかアイツにドロドロに汚されたい」

「リッカさんの性癖は理解できませんが、それはそれとして」


 河合がドヤ顔で胸を張る。


「こんなこともあろうかと、特注制服は予備を含めて三着頼んでおきました」

「な、なんだって!?」

「明日のイベントが終わったら、使わなかった予備分はいただける手はずになっています。さすがに他人の目があるところはダメですが、二人っきりで使う分にはご自由に」

「ありがとうマネージャー! さすが我が事務所の誇る敏腕マネージャーだね、恩に着るよ!」


 リッカが諸手を挙げてマネージャーを褒め称える。

 マネージャーは嬉しい反面、ちょっぴり切ない。

 どうせ恩に着るならこんな余録ではなくて、大口の仕事を取ってきた時に喜んで欲しいのだけど、リッカはそういう時にはたいてい「そうか」とか「ふーん」で済ませるのだった。


「よし、ボクもマネージャーに負けないよう、明日の予行練習をしないとな!」

「いえ。別にいつも通りの記者会見があるだけですし、原稿も準備が──」

「そんなのじゃダメだよ。メイド喫茶の一日店長をするのならば、せめて店長として恥ずかしくないようにしないとな。というわけで、今すぐ練習してみようじゃないか」

「はあ」


 なにを練習するのだろうと首をかしげたが、元カレ関連以外は基本引いて構える系のリッカが珍しくやる気になっているのだ。

 それに今日の仕事はもう終わり。

 事務所のみんなも帰って、残っているのはリッカと河合だけ。

 ここで水を差すようならマネージャー失格だと河合は思う。


「いいですよ。じゃあわたしは客の役でもやりましょうか」

「よろしく頼む」


 リッカがソファから立ち上がるとミニキッチンに歩いて行き、コーヒーサーバーからホットコーヒーを注いで戻ってきた。

 素直に有難い。


「お客様、お待たせいたしました。コーヒーでございます」

「はい、ありがとうございます」

「お客様、ミルクと砂糖はいかがいたしますか?」

「ミルクだけお願いします……ってあれ? そういえばミルク切らしてたような……」

「お客様、それではミルクをお入れしますね」

「済みませんリッカさん、ミルクが……ぶ──っ!!??」


 河合が噴き出すのも無理はない。

 突然リッカがメイド服の上をはだけて、豊満すぎる乳房をボロンと露出させたのだから。


「なな、なにやってるんですかリッカさん!?」

「恐縮ですがお客様、あいにくミルクを切らしていたのでボクのミルクを搾りたて……」

「問答無用! 演技モード終了ですっ! ──あのねリッカさん、性風俗じゃないんですから!」

「──なに? だが世のメイド喫茶というのは、だいたいこんな感じのエロメイドじゃないのかい?」

「全く違います。今すぐ世界中のメイド喫茶の人に謝ってください」

「そんなに違うかなあ……?」


 河合のあまりの剣幕に、どうやら本気で違うらしいと理解するリッカだったが。


「……ということはひょっとして、アイツの前でもやらない方がいいかな?」

「難しいところですね。過半数の男性は大喜びすると思いますが、元カレ相手に失敗したくないとなれば危険すぎます。エロギャグって滑ると、とことんドン引きされますからね」

「むう。ギャグのつもりはないのだが……」

「いいですかリッカさん、普通のメイドっぽくやればいいんですよ。アニメとかに出てくるような。リッカさんみたいな爆乳美少女がメイドコスするだけで、十分ご褒美ですから」

「しかしアニメに出てくるメイドは、本物のメイドとはかなり違う部分もあると聞くが?」

「歴史的な考察なんてこの際いいんですよ。少なくともああいう範疇でやっていれば、致命的なまでにドン引きされることはないでしょう」

「そうなのか……」


 リッカがしょんぼりした顔でソファに腰を下ろす。

 先ほどまでのみなぎる熱意は離散してしまったけれど、間違った理解のまま一日店長になるよりはマシだろう。

 もっともあのスポンサー氏のことだから、大喜びしたという気もするけれど。


 ****


 その日は、その後もずっとしょげたままのリッカだった。

 けれど数日後、リッカが輝くような笑顔で河合にお礼を言った。

 なんでもリッカのメイドコスプレが、元カレにたいそう好評だったのだとか。

 

「あまりにアイツが嬉しそうなのでね、いつでも見て楽しめるようにメイド服を一着置いてきたよ! いやあ、これも予備のメイド服を二着も頼んでくれたマネージャーのおかげさ!」


 感情を爆発させたリッカにハグされながら、河合はちょっとだけ思った。

 もしリッカがあのエロメイドのままだったら、いったいどんな事態になっていたのだろうか……と。

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