第23話 天才脚本家への道2

 スタッフに犯人の処理を任せて、監督は強引にリッカとマネージャーの河合を会議室に連れて行き、二人を前に大演説を開始した。

 それがかれこれ一時間ほど前。

 監督の大演説は、今もなお続いている。


「分かりますか河合さん、この屈辱ッ! 素人の書いた台本ホンが、おれの台本ホンより何倍もエロいんですよッ!」

「いえ、ですからそれは何度も申し上げていますが、六郷リッカという今やグラビアアイドルの枠を超えた存在の初主演映画に、旧来のグラドル的のイメージビデオ的セクシーさを求めた素人の浅はかさであって、監督の台本のほうが何倍も出来が良く……」

「そうだッ! おれたちは勘違いをしていたッ! ヒロインはリッカちゃんで、リッカちゃんならエロくてナンボだ! 天下の六郷リッカの初主演映画だからって浮かれて、リッカちゃんの売りが何かって事を考えなかった──それじゃプロの名が泣くんですよッッ!!」

「ですが六郷リッカは、男性層から『ただ胸を揺らしただけでもアダルトビデオの数十倍エロい』とか、海外でも『立夏発見即射爆不可避、全弾発射尚空撃続行、終局金玉破裂的生涯不能』だのと評価されているほどです。なのにこれ以上エロくする必要が、どこにあるのかと」

「あるに決まってる! 何故なら映画を見に来るヤツの過半数は、リッカちゃんで毎日シコっているヤツだ! そんなヤツらに、リッカちゃんの一番エロ可愛い姿を見せてやれなくてなにが監督だ! なにがエンターテインメントだッッ!!」

「ですから……」


 完全に意見が堂々巡りだった。

 監督はリッカ作の台本を見て、どうやら『おれがリッカを素材に、史上最高にシコい全年齢向け動画を作るんだッッ!』という芸術家魂に目覚めたらしい。

 一方の河合は、どうやら台本がリッカの手によるものらしいと気付いているので、なんとか穏便にまるっと全部無かったことにしたい。

 それに河合はまだ読んでいないけれど、監督がそこまで言うほどエロいのならば、その作品は実質撮影不可能だ。

 なぜならば。

 リッカの全身を好きなように触れて、エロいことをして許される男性は、世界にただ一人しかいないのだから。


「……ていうかリッカさん、なに他人事みたいにボーッとしてるんですか。なんとかしてくださいよ……」


 熱弁中の監督に気付かれないよう、河合が小声でリッカを肘でつつくと、リッカもまたこっそり言葉を返す。


「なんとかって、ボクにどうしろって言うのさ?」

「だからあの台本の中身は嫌いだとか演技できないとか、とにかく否定してください」

御免蒙ごめんこうむる。なにしろアレは、ボクの魂を振り絞った作品だからね。好ましいシチュエーションしか詰まってないのに、それを否定できるはずもないだろう?」

「やっぱりリッカさんの自作でしたか。ですがこのまま押し切られたら、リッカさんがやることになるんですよ? 元カレ以外の男にエロいことされるんですよ? いいんですか?」

「ふむ……あの台本の内容は大好物だが、だからこそ相手の男優は拘りたい、とか言って拒否し続けるのはどうだろう? 向こうもそのうち諦めるんじゃないか」

「それリッカさんにやられると、タレントのワガママ三昧を許したわたしの株価が地の底に落ちるので絶対止めてください。あと男優じゃなくて俳優って言ってくださいね、AVじゃないんですから」

「なるほど俳優か。今後は気をつけよう」


 しかし河合になんとかしろと言われても一体どうしたものか──とリッカが腕を組んで考えることしばし。

 灰色の脳細胞がティンと来た。

 ていうかティンと来てしまった。


「あーっと監督、ボクから提案があるのだが」

「ん、リッカちゃん? なんだい?」

「こうして聞いていると二人の意見は平行線のようだ。それに映画の他のスポンサーの意見もあるだろうし、ボクとしてもこの台本のような映画を実際に撮ったらどうなるか、楽しみな部分もある一方で不安な部分もある」

「それはリッカちゃんの言う通りだね」

「なのでまずは、次の新作動画で試してみるのはどうだろうか?」

「ふむ……」


 リッカの提案に監督が顎に手を当てて考える。

 河合は天を仰いだ。

 ──リッカさん色々言ってるけど、元カレを動画に出演させたいだけだこれ。


「……リッカさん、どうせそれ条件があるんでしょ? 先に行ってください」

「さすがだねマネージャー。ぼくからの条件としてはまず、相手役の男性は顔を絶対に映さないことだね。監督としてそこはどうだい?」

「ふむ……いいんじゃないかな? 手だけ映して乳を揉むシーンみたいなのは、ちょいエロ動画なんかでよくあるからね」

「もう一つ、相手役はボクが選ぶこと。そうすればボクは、自分が少々エッチなことをされた場合でも抵抗感ができるだけ少ない人間を見繕ってこれるからね。もちろんその相手が素人の可能性だって大いにありうる」

「えっ、素人なのかい? それは……」

「この条件が呑めなければ、提案は白紙だよ」

「ううっ……まあリッカちゃんも、そういう撮影が初めてなら仕方ないかな……いずれは慣れてもらうとして……」

「そうとも、慣れるのは今後の課題に回すべきだ。それでどうする? ちなみに監督が断ったら、ボクはマネージャーの意見に全面的に賛成すると考えてくれていいからね?」


 リッカにそう言われてしまえば、監督に選択肢など無かった。

 いくら男が顔を映さずに、加えて演技のド素人だったとしても。

 今まで他人によるお触りNGだった六郷リッカを、様々なエロシチュエーションで撮影できるようになる事に比べたら、デメリットなど無いも同然だと判断した。

 どうせ視聴者はリッカ以外のことなど目に入らない。ならば妥協も必要か。


「よし呑もう! それで頼んだリッカちゃん!」

「承ったよ。──というわけでマネージャー、よろしく」

「え? 何をですか?」

「説得と出演交渉に決まってるだろう」

「……えええ……」


 今回ばかりはリッカさんでやってくれてもいいんじゃないか、そう本気で思う河合であった。

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