第22話 天才脚本家への道1

 もの凄く面倒くさいことになった。


 マネージャーの河合はうんざりした内心を隠して、熱弁する男に愛想笑いを浮かべていた。

 どうしてこんなことになったんだろう。


 ****


 きっかけは、楽屋泥棒が入ったことだった。

 リッカの楽屋にはある意味では、途轍もないが置いてある。

 例えばリッカが使用した特注ブラジャー、谷間の汗を拭ったタオル、水着を着用するのに脱いだパンツなどなど。

 それらを闇ルートで流せば一財産になるのだから、金目の物とは言えるのだけれど、そんなものまで貴重品扱いしていたらキリがないし、他のタレントからやっかみを受ける原因にもなりかねない。

 リッカに聞いても「たしかにボクのブラは高価だが、そんなものを一々預けていたら面倒で仕方がないよ。万が一盗まれたらまた買えばいいさ」なんてオトコマエな態度を示されたので、河合は後ろ髪を引かれつつも特別な対策を講じてこなかったのだった。


 そしたら今日、楽屋泥棒が入ってリッカの下着が狙われた。

 ただし未遂だ。

 犯人は捕まったし、下着は部屋から外には持ち出されなかった。

 どうやら犯人はリッカのブラを盗む際、迂闊にもブラの匂いを嗅いでしまったらしいのだ。


 リッカのブラは深すぎる爆乳クレバスで熟成されたムレムレ汗に、おっぱいの発育とともに勝手に出るようになった母乳が染みついて、嗅ぐと形容しがたいほどエッチな甘い匂いがする。

 そんな、ブラという名の劇薬危険物を無防備に嗅いでしまった犯人は、理性がぶっ飛んでその場でオナ猿と化し。

 部屋から逃げることすらせずに、リッカの忘れ物を取りに戻ったスタッフに見つかるまでの間、リッカの特注ブラで狂ったようにシコり続けていたのであった。


 当然ながら大騒ぎになり、本日の撮影は中止。

 犯人が確保された時には意識朦朧としており、床には大量の白濁液が撒き散らされ、股間は引きちぎれそうなほど真っ赤になって爛れていたという。

 多分、あいつ一生分出してキンタマぶっ壊れたんじゃないすかね、とは第一発見者の撮影アシスタントの話。


 ──とまあ、そこまではどうでもいい前座の話。

 問題はその後のことで……


 ****


「ホント、おれは悔しい! めちゃめちゃ悔しいんだッッ! 聞いてますか河合さん!」

「ああはい、もちろんですよ……」


 作り笑いがそろそろ引きつってきたのを自覚しながら、河合は監督の熱弁を笑顔で聞き流そうとしていた。


 そう。河合にとって問題なのはその後のこと。

 リッカや河合、それに監督たちも集まって、リッカの楽屋からなにが盗まれたかきちんと確認しようという話になった時。

 リッカの鞄の中から、印刷された紙の束が見つかった。

 それはどこをどう見ても、プリントアウトした台本で。


 実際にはそれは、リッカのエロ妄想を書き殴った台本風のサムシングに過ぎなかったのだけど。


 帰りにマネージャーに渡して第二弾のウソ台本作成を頼み、できあがったら元カレに「追加分のシナリオができたんだ」だとか「少しばかり内容が変わったらしいね」などと適当ぶっこいて渡すつもりだった、いわゆる追加シナリオ集というやつである。


 それを見て飛び上がったのは監督だ。

 監督にしてみれば、リッカの初主演映画は自分が撮ると内定したはず。だから今日も張り切って、撮影しながら女優としてのリッカの魅力もカメラに捉えようとしていた。

 台本だって初稿を渡して合意を得たし、今はキャスト選定や演出プランを練っている段階だ。

 ……けれどそれは、まだ十分にできる段階という意味でもある。

 まさか他の監督に乗り換えられたのかと真っ青になる監督に、リッカが慌てて否定した。


「これは監督が気にするようなものではないよ。ボクの知り合いの素人が書いたものだからね」

「……え? リッカちゃん、どういうこと?」

「一般人はこの台本をどう思うのか気になってね。口外無用だと言って見せたら、どうやら発憤したらしい。自分ならこうするのに的なシチュエーションを書き殴って、ボクに渡してきたわけさ」

「あ」


 何も聞かされていなかった河合は、この時点でおおよその事情を理解した。

 ──つまりリッカさんの知り合いってのはリッカさん自身で、更なる妄想エロシチュエーションを書き殴った原稿がアレなわけですかそうですか。

 たしかに前回、あからさまにエロすぎるのは「いくらなんでもまだ早いですよ」とか言って却下しましたしね。

 その時リッカさん、えらくしょんぼりしてましたもんね──


「そうだったんだ。ねえリッカちゃん、もしよければおれも読んでいいかい?」

「もちろんだとも」


 アカデミー賞まで受賞した大監督が、まさか素人の台本に興味などあるはずもない。

 つまり監督が読みたいと言っているのは、リッカが本当にされていないかどうかを確かめたいということで。

 さすがに巨匠なので、素人の書いた台本かどうかくらいは読めば分かる。

 リッカもそれが分かっているから、読んでいいとしか答えられない。

 実際は、自分のエロ妄想を書き殴ったばかりの台本を読まれるなど顔から火を噴くくらい恥ずかしいのだが、ここで恥ずかしがったら誰が執筆者かみんなにバレてしまう恐れがあった。

 一世一代の演技しらんぷりを決めなければならない。


「ふむ、……ふむ……」

「……監督?」

「ちょっと待て。これは……ううむ……」


 紙の束を読み進める監督の顔が、どんどん険しくなっていく。

 その場にいたスタッフも「まさか本当に……リッカちゃん!?」などと狼狽して、顔色が真っ青になっていく。

 リッカはリッカで「監督はなんで険しい顔を……ま、まさかボクの書いた台本だと見抜いたとか……!?」とか考えて、余裕のある顔つきはそのままだけど握った手のひらには汗をびっしょり掻いていた。


 そして紙の束を全部読み終えた監督が。

 なんとクマのような髭面に、じわりと涙を浮かべたのだ。

 どうしたのかとざわめく一同。

 監督が吠えた。


「この台本ホンを書いたヤツは──天才だッッッッッッ!!!!」

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