第5話 バイトの依頼

「本日は六郷リッカの元カレであるシロさんにお願いがありまして、お邪魔しました」


 アパートを訪問したリッカのマネージャーの河合がそう言った。

 元カノのマネージャーのお願いとやらが想像もできずに、シロは首を捻りながら河合を自宅へ上げる。


「粗茶ですが」

「ありがとうございます」


 ペットボトルのお茶を一口飲んで、河合が本題に入った。


「シロさんに、弊社でアルバイトをしていただきたいのです」

「アルバイトですか?」

「はい。それともシロさんの通っている高校は、アルバイト禁止でしょうか?」

「いえ、そんなことはありませんけど」

「それはよかった。ではまず労働条件ですが──」


 河合が提示したのは破格の条件だった。

 ていうか、今やってるバイトの時給の10倍である。

 しかも河合の提示した時間の中で、都合のいい時だけやればいいシステム。

 やればやるほどお金になるし、都合が合わなくて労働時間ゼロでもそれはそれで構わないという。


「……そんな高い時給なんて、いったい何をやるんですか? まさか、ひょっとして死体洗いとか……?」

「そんなバイトは都市伝説にしかありません」

「じゃあ何を?」

「六郷リッカは今後、女優としても活躍の場を広げる予定です。シロさんには、その練習相手をお願いしたいのです。つまりリッカの台本読みの相手ですね」


 河合の言葉にシロが思わず顔を顰めた。

 けれど河合は気付かないフリをして、


「もちろん、こんなことを元カレであるシロさんにお願いするのは、こちらとしても大変心苦しいのですが。ですのでバイト代には、その分を上乗せしております」

「……それって、なんでぼくなんですか? 言っておきますけど、ぼくは演劇の経験とかそういうの一切ないですよ?」

「その点は織り込み済みですのでご安心を。お願いする理由は、シロさんしか適任者がいないからですよ」

「適任者?」

「より正確に言えば、六郷リッカのおっぱいを前にして冷静でいられる異性がシロさんしかいない、ということですね」


 河合が説明を続ける。

 リッカには超大物のオファーが多数舞い込んでいるのだが、どんな健全な映画やドラマでも、とにかく必ずおっぱいシーンが入っているのが特徴で。

 例えばリッカが曲がり角でぶつかって、男子に巨乳を押しつけたり。

 リッカが振り向きざま、偶然男子をおっぱいでビンタしたり。

 リッカが男子を抱きしめたときに、胸の谷間に男子の頭がすっぽり埋まって、窒息させそうになったり。

 絶対にそんなシーンが複数入ってるのだと言い終えて、河合が溜息を漏らした。


「まあ六郷リッカが画面に出てを期待されないわけがありませんから、仕方のないところですが」 

「そうですね……でもリッカ、そういうのは別に平気ですよね?」

「それがそうでもなくて、動画撮影のは平気なんですが、女優業となると意外に嫌がるんですよね……」


 実際は、リッカは元カレに勝手に操を立てているという一点を除けば、露出を恥ずかしがるタイプではなかった。

 だから河合の女優業進出要請に対して、リッカが難色を示す理由も「でも、アイツ以外の男にあんまりベタベタ触られるのはなあ……」というものである。

 逆説的に言えば、元カレがたっぷり揉んだり吸ったりさえすれば、リッカはキスくらいならやってくれそうだ。

 もしかしたら元カレと10回エッチできるなら、1回くらいはAVにだって出演してくれるんじゃないかとすら思っている。出さないけど。


 ならば元カレをバイトで雇って、演技練習と称してリッカとイチャイチャさせれば、リッカのご機嫌も取れるし女優業進出も大幅に前進するしで一石二鳥というのが、今回の河合の計画なのだ。

 リッカにも事前に軽く聞いてみたけれど「なにっ、アイツが練習相手だとしたらどうかだって!? それはいいな、くふ、くふふふ……」なんてニヤニヤしまくってたし。


 けれどもちろん、そんな説明を元カレにできるはずもなく。

 もしも河合が勝手にリッカの恋心を暴露したりすれば、怒り狂ったリッカに八つ裂きにされるのは間違いなしだ。

 なのでウソではないが核心でもない説明で、なんとか整合性のある説明をすることになる。


「ハッキリ言って、弊社所属タレントの六郷リッカは日本で一番──いえ、世界一魅力的なドチャシコエロエロボディの持ち主です」

「はあ」

「六郷リッカの演技練習の相手を務めるということは、リッカの世界一発育した完熟ドスケベメロンを間近でガン見し続け、あまつさえ極上すぎるトロフワもっちり絹ごし乳房の極上すぎる快感をリミッター抜きで受け続けるということです」

「なんでそこ、エロ小説風に言い直すんですかねえ!?」

「いえ、わたしが参考にしたのは同人エロゲーですが──それはともかく、リッカさんのエロおっぱい攻撃を食らい続ければ並の殿方なぞすぐにぶっ壊れて、結果リッカさん以外には反応しないおっぱいドランカーが製造されること請け合いでしょう」


 河合の言い方はちょっと大げさだけど、決して言い過ぎというわけではない。

 なにしろ本来なら微エロ程度であるはずのイメージ動画で、全世界のエロ動画を軒並み壊滅させたリッカである。

 リッカがTシャツ一枚の姿で縄跳びするだけで、AVの本番動画より100倍エロいと評判なのだ。

 そのリッカが生身でじっくり練習する相手となれば、これはもう訓練された元カレ以外にいないんじゃないだろうか。つまり適合者は世界に一人。


「……それって、練習は女性にお願いすればいいんじゃ?」

「それはダメですね。演技をするとき、相手が男性と女性では自然ととる反応が違ってくるものです。もちろんプロの女優ならば修正できるのでしょうが、六郷リッカはなにぶん演技の素人ですので」

「なるほど……」

「……どうでしょうか? こういう言い方は大変心苦しいのですが、六郷リッカが今後グラビアアイドルの殻を破り、女優として世界に羽ばたけるかどうかは──シロさんにかかっていると申しても過言ではありません」

「……うううう……」


 シロとしては、こっぴどく振られたリッカは苦手だ。超苦手だ。

 けれどそれは別にリッカのことが大嫌いだとか、リッカに深い遺恨があるとか、リッカなんて大失敗しちゃえばいいと思ってるわけでは決してない。

 こっぴどく振られた元カノとはいえ、昔愛した女性である。


 それにそもそも、今のバイトの10倍の時給は、とても魅力的なわけで。


「……分かりました。ぼくでよければ、アルバイトします」

「そう言ってくださると信じていました」


 優秀なマネージャーである河合は、事前に用意していた契約書を取り出した。

 シロが心変わりする前に契約を済ませてしまう気まんまんの体制だった。

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