第40話 こっぴどく振られた元カレは恋人が欲しい
熟睡していたシロは、突然の河合からの電話で叩き起こされた。
「え、河合さん? ──はい? 女湯の脱衣所に? 今すぐ? でもぼく男ですよ? いいからすぐ来い? えええ?」
一方的な内容に、意味も分からず慌てて露天風呂へと向かうと、脱衣所には床に転がっている二人の爆乳美少女と、その隣で呆れ顔をする河合がいた。
「えっ……河合さん、それにリッカも? どうしてここに?」
「シロくんには言ってませんでしたが、リッカさんは今日の創業200周年パーティーにゲストとして呼ばれていたんですよ。温泉の宿泊券もそのツテです」
「え、なんで教えてくれなかったんですか?」
「……ビックリさせようと思って黙っていたんですよ。それにまあいろいろあるんです」
まさかサプライズで登場して、あわよくばそのまま夜這いするために黙っていたとも言えない河合が言葉を濁した。
「それで、この二人は?」
「それがどうやら……露天風呂で話し込んでいるうちに、のぼせてしまったようでして……」
歯切れが悪い河合の言葉は、嘘ではないものの実態を表現しているとは言い難い。
低レベルな売り言葉に買い言葉の結果、最終的にリッカとカエデはどちらがよりシロの恋人として相応しいか、お互いのメンツをかけて数々の勝負を始めたのだった。露天風呂の中で。
おっぱいの押し付け合い勝負。
だだっ広い露天風呂を縦横無尽に泳ぎ回る水泳勝負。
いっせーのせで温泉に潜り、どっちが長く息を止めていられるかの勝負。
自分がどれだけシロの恋人として相応しいか自慢勝負。
自分がどれだけシロをネタにトリッキーなオナニーをしたか勝負。
自分だけが知ってる、シロの胸キュンエピソード披露勝負などなど……
そんなことをいつまでもしていれば、のぼせるのは当然である。
「念のためお医者さんを呼んであります。もうすぐ着くかと」
「すみません、ウチの後輩がご迷惑を」
「いえいえ。それを言うなら、ウチのタレントこそ大変申し訳ありませんでした」
リッカとカエデの事情を両方知っていれば、どっちも悪いというかむしろ自爆とか自業自得なんて言葉しか出てこない。
なにしろ二人とも夜這いの未遂犯である。
もしもかち合ったのが布団の中だったら、途轍もない大惨事になっていたに違いなかった。
****
9月1日。
二学期最初の放課後、部室に行くとカエデが本を読んでいた。
「カエデが読書なんて珍しいね。なに読んでるの?」
「ひみつ」
「まあいいけどさ」
ブックカバーには、うっすら表紙の『気になる草食系男子を落とすためのエッチな必勝テクニック100』なる文字が透けていたけれど、幸いにも気付かれることはなかった。
「夏合宿お疲れ様。最後は大変だったけど」
「……あのときはせんぱいに迷惑かけた。ぺこり」
「いいよそんなの、露天風呂でのぼせたなんてよくある話なんだし」
リッカとカエデがどういう経緯で溺れたのかを聞いていないシロは、ただ単に露天風呂に入りすぎただけだと思っている。
実情を知ったなら、さすがに文句の一つも言っただろうけど。
「合宿、楽しかったよ。カエデもありがとう」
「……わたしも同じ。秋合宿も期待してる」
「秋合宿なんてウチの部には無いよ?」
「なら今年から作ればいい。四季折々の美しい景色を、カメラで記録するのはとても大事」
「まあ確かに……」
忘れがちというよりカエデは基本完全に忘れているが、二人のいる部活は写真部であり、合宿の第一目的はいい写真を撮ることである。
たとえカエデが、スマホでしか写真を撮っていなくても。
しかも映しているのが、100%の確率で先輩の盗み撮りだとしても。
なんなら先輩の顔や股間や裸のアップが大半を占めていたとしても。
誰がなんと言おうとカエデは、好きな対象を撮影するのが上達の近道だからこれでいいのだと押し通す所存である。
「夏はせんぱいと、海と温泉に行った。なら秋は山の奥深くでキャンプがいい」
「キャンプかあ」
「大自然の山奥で美しい紅葉をファインダーに収める。早朝の朝靄の中、山の向こうから朝日が出てきてキラキラ照らす。幻想的な光景」
「いいねえ」
「ビジネスホテルがあるような場所はだめ。キャンプでしかたどり着けない大自然、だからこそいい。それに宿代も浮くし」
「宿代が浮くのはありがたいなあ」
「決してキャンプなら鍵がかからないとか、せんぱいを逆レしやすいとか、開放的な屋外でアオカンしたいとか、そういうことを考えているわけではないので誤解しないでほしい」
「ぎゃくれ……? 青缶……? なにそれ?」
「なんでもない。気にしちゃだめ」
最後は口が滑ったけれど上手く誤魔化せた。
せんぱいは乗り気みたい、とカエデがこっそりほくそ笑む。
ついでに心の中で、ざまあみろ、とリッカにドヤ顔をかました。
元カノがなんだ。グラドルがなんだ。こっちは同じ学校の部活という、滅茶苦茶大きなアドバンテージがあるのだ。
ていうか先輩後輩なんだし、ひょっとして押し倒してもノーカンではなかろうか。
カエデはそっと椅子から立ち上がり、スマホを眺めて紅葉の綺麗なキャンプ地を探しているターゲットの背後にそっと……
「ほう、ずいぶん面白そうな話じゃないか? ボクも混ぜてくれ」
びしり、とカエデが盛大に固まった。
もう二度と聞きたくないと思っていた、不倶戴天の敵の声。
固まるカエデの前で、シロもまた驚いていた。
「え、リッカ!? どうしてここに?」
「そりゃもちろん用があったからさ。それよりも、その秋合宿とやらについて話し合おうか?」
「だめ。不可能。部外者は参加できない」
「なに、もう部外者ではないさ。なぜならボクはこの学校に転校してきたからね」
「「な……、なんだって──!!??」」
「もちろん入部届も提出済みさ。幽霊部長も顧問教師も、快く迎え入れてくれたよ」
「うわあ……」
シロは知っている。リッカはこういう冗談を言うタイプではない。
こういう冗談みたいな行動を、本当にやらかすのがリッカである。
「頭が痛いよ……今日はぼく、もう帰るね……」
こっぴどく振られた元カノとこれから一緒の学校、それどころか一緒の部活かと思うと大変気が重い。
けれどリッカが逃げようとするシロの腕を摑んで、張り詰めた乳房をむぎゅっと押しつける。
「それは大変だな、ならば一緒に帰りながら学校や部活のことを教えてもらおう。ついでにキミの家で看病がてら、おかゆライスくらい作ってやるぞ?」
反対の腕をカエデが摑んで、たわわすぎる胸元をぐいぐい押しつける。
「せんぱいはわたしと帰るに決まってる。秋合宿の話もしなくちゃだし」
「ああそうだ。その話もあったな。さあ行こうか」
「せんぱい。こっち」
リッカとカエデがシロの両腕を左右に引っ張った。
ちなみにシロの家は左右どちらでもなく、向かって正面の方向だ。
これが大岡裁きなら、両方とも恋人失格間違いなしである。
(だめだこいつら……ああ、ぼくを癒してくれる恋人を、はやく作りたいよ……)
左右に幸せすぎる感触を感じながら、シロは改めてそう決意するのであった。
****************
これにて第一部完です。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
いつの日か、新キャラで丁寧クールな爆乳義妹と悪役令嬢系爆乳部長も登場する『ぼくをこっぴどく振った元カノが大人気グラビアアイドルになって迫ってくるけど、それより新しい恋人が欲しい第二部・広島死闘編』にてお会いしましょう(願望)。
ぼくをこっぴどく振った元カノが大人気グラビアアイドルになって迫ってくるけど、それより新しい恋人が欲しい ラマンおいどん @laman_oidon
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