第18話 後輩とすきなひと

 とある放課後のこと。

 シロが部室で台本を読んでいると、カエデがこんなことを聞いてきた。


「せんぱい。わたしの胸、どう思う?」

「……ええっと?」


 シロとしてはこの質問、意図が分からないとすごく答えづらい。

 ヘタに答えれば、セクハラになること間違いなしである。


「うーん、どうと言われても……」

「自慢じゃないけど、すっごく大きいし、形も完璧なロケット型で全然垂れてないし、乳首だって綺麗な桜色。あとおっぱいの谷間からすごく甘い匂いがする。谷間の蒸れた汗のフェロモンが濃厚すぎるんだってささみに言われた」

「ふ、ふうん……そうなんだ?」

「触り心地だって完璧。トロフワで超柔らかいくせに弾力もすごい。よく女子に揉ませてってお願いされて、揉ませてあげるとみんな凄く気持ちよさそうにする……せんぱいも揉む?」

「い、いや。やめとくよ」


 カエデの意図が分からない以上、シロとしては断腸の思いで遠慮するしかない。

 これが顔を真っ赤にして、目を潤ませながら胸の谷間をギュッとして……という感じで迫ったのなら、いくらシロが鈍感系主人公でも分かりそうなものだけど。

 なにしろカエデがいつもと同じように、淡々とした態度と口調で話すものだから、まさか自分が誘惑されているなどとは思わなかったのだ。


 実際にはカエデだってこの場面、滅茶苦茶緊張しまくっていた。

 表情にはまるで出ていないものの、握りしめた手のひらは、緊張の汗でぐっしょり濡れている。心拍数だって跳ね上がっていた。

 けれどそれらは全部、シロに伝わりようもない。


「でもカエデ、突然どうしてそんなこと? 誰か好きな人でもいるの?」

「………………うん」

「そうなんだ」


 カエデが能力的には勉強以外完璧超人だけれど、本質的に不器用なことをシロは知っている。

 だからカエデの会話の意図を考えた結果、誰か意中の男がいるのだなと理解した。

 その推測は完全に正しい。

 ただし自分がその標的であることに、まるで気付いていないのだけれど。


「もう付き合ってるの?」

「ううん。告白もしてない」

「告白するの?」

「本当はしたい……でも、振られたらって思うと怖い。絶対無理」

「だよねえ」


 シロ自身どちらかというと陰キャであり、恋愛に前向きなタイプの人間ではない。

 元カノにこっぴどく振られて以降はなおさらだ。

 だからカエデの気持ちは良く分かる。


 でもなあ……とシロは思うのだ。

 カエデを振るなんて、よっぽど変わった男でなければ、ありえないんじゃなかろうか。

 それくらいカエデは容貌にしろスタイルにしろ人類の、というよりの頂点を極めている。

 もしもカエデに誘惑されたなら、たとえ運命の伴侶がいたとしても、理屈じゃなくオスの本能が、優秀な遺伝子を選ぼうとする生物の本能がカエデを選ぶ。

 それくらいの圧倒的かつ絶対的な、オンナとしての格差。

 カエデとガチで女性的魅力で対抗できるのなんて、それこそリッカくらいしか思い当たらない。


「ねえカエデ。一つ聞くんだけど、その相手は特殊な趣味は持ってたりするのかな? つまり……」

「ロリコンでもゲイでもない。グラビアアイドルのグッズ、家の押し入れに隠してたし」

「ああそうなんだ」


 相手の男子は少なくともクラドルが嫌いなわけではなく、しかもカエデが男子の家に上がれる程度には仲がいいらしい。

 だったら、カエデならそこで押し倒して逆レイプしちゃえば100パーセント恋愛成就なんじゃないかとシロは思ったけれど。

 まさか後輩に「ユー、逆レしちゃいなよ!」なんて勧めるのはあまりにクソ野郎過ぎるし、エロマンガでもないのにレイプから始まる恋というのはいかがなものか。


「告白はしないんだよね?」

「……可能ならしない方向で」

「別の方法でなんとか付き合いたい、と。ふむ──」


 なるほどそういうことか、シロはティンときた。

 どうもカエデが最近、無防備にブラウスのボタンを多く開けたり、背中や腕に胸を押しつけたり、突然パンツの色当てクイズをしてきたりするなと思っていたのだ。

 つまりあれは、本命の男を誘惑する予行練習だったのだ。

 そう考えれば全て納得がいく。


 ……などと概ね正解、ただし致命的な間違いが一カ所あるようなことを目の前の先輩が考えているなどと、カエデには分かるはずもなく。


「そ、それで、どう……?」

「みなまでいうな、みなまでいうな──つまりその相手を、どうにかして落としたいんだよね? それでなし崩しに恋人になるか、向こうから告白させるかしたいっていう」

「う、うん。できれば……?」

「考えてみるよ。可愛い後輩のためだからね、ぼくも協力を惜しまないから!」

「えっ……いいの……?」


 カエデが首を捻った。

 なにかせんぱいは、とんでもない勘違いをしている気がする。

 きちんと訂正しかけて、まあいいかと思い直した。


 どんな勘違いをしているにせよ、自分がせんぱいを誘惑する許可は出たのだ。

 だったら自分がすべきことは一つ。

 せんぱいを、誘惑して誘惑して誘惑して、もう限界です我慢できません付き合ってくださいって泣いて頼むまで、誘惑しまくること──!


 カエデが机の下で、小さく拳を握りしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る