第10話 地中海ロケの後
リッカが病院に行くというハプニングがありつつも、ファースト写真集の撮影は概ねスムーズに終了した。カメラマンは人生最高傑作となる予感に、武者震いが止まらなかったという。
そんなわけで帰国する前日の予備日が空いたので、リッカがお土産を買いたいと言い出した。
もちろんオーケーして、通訳も兼ねて同行したマネージャーの河合だったが。
「……こ、こんなのはどうだろうか?」
リッカの手にはスケスケ赤色Tバック、しかも紐パン。
そのエロパンティを左右にくいくいっと引き延ばしながら、すごく恥じらいのある可憐な笑顔で聞いてくる。
当然ながら、聞かれた河合の答えは一つ。
「いや絶対ダメでしょ……!」
こんなやりとりが、うんざりするほど続いていた。
リッカが行きたがるのは、とにかく高級下着売り場。
選んでくるのはエロすぎるパンツばかり。
いや、最初はブラも試そうとしたのだが、店内にあった一番大きいKカップのブラがリッカの乳肉の一割も覆えなかったのでさすがに諦めた。
もしも無理矢理試着していたら、破壊からの弁償コンボは確実だったろう。
「ていうかリッカさん? なんでさっきから、下着売り場ばかりハシゴしてるんですかねえ?」
「だ、だって地中海だぞ!? ラテンの陽気で開放的なお国柄なんだぞ!? ならばエッチなパンツの一つも買って帰らないと、アイツだってがっかりするだろう!」
「いや、そんな可能性は微塵もありませんけどね」
そもそも元カレは、リッカが海外ロケをしていることすら知らないはずだ。
「それにわたしの見たところ、シロくんにはこれみよがしのエロ路線より、清楚路線の方が受けが良さそうな印象ですが。そこらへん実際のところはどうだったんですか?」
「実際って?」
「だから実際ですよ。元カレとセックスするとき、下着くらいは見せたでしょう? その時の反応はどうだったかと──」
「うにゃ────────────っっっっ!!??」
「おっ、大声出さないでくださいよ!? みんなこっちを見てるじゃないですか!」
河合が慌てるが、リッカはそんなことには構わずしゃがみ込んでいる。
うずくまるリッカの耳まで真っ赤になったのが見えるから、その時のことを思い出して恥ずかしがっているのだろう。
いま恥ずかしいのはこっちだっちゅーの、そう河合は言いたい。
「ダメですよリッカさん。ただでさえ高級下着売り場に場違いの東洋人、しかもスタイル爆裂の鬼シコ美少女が現れて周りからかなり注目されてるんですからね? これ以上騒ぎが大きくなったら、いくらサングラスしてても正体バレますよ? この国でもリッカさんの動画は超人気なんですから」
「そ、そんなこと言うがマネージャーが突然……ううう、恥ずかしすぎるよぅ……」
「元カレと何があったんですかいったい……」
ぜひ聞きたいけど、ここでリッカから強引に聞こうとするのは悪手だ。
いつか自分から話してくれることを期待するしかないだろう。
「もういいです分かりました。ありったけ買っていきましょう、エロエロTバックから清楚紐パンまで全部。必要経費にしておきますから」
「……いいのかい?」
「このままだと買うまでに日が暮れますし、リッカさんの滅茶苦茶すぎる稼ぎでウチの事務所は今超絶バブル状態ですからね。100万円や200万円くらい、リッカさんのパンツを買ったところで文句は言わせません」
「そこまで沢山はいらないよ!?」
「いいから黙って買われてください、リッカさんは仕事で帰してくれればいいんです。あと、今回の件は貸しですからね?」
「……ああ、分かったよ」
──よっしゃあ! 貸し一つゲット!
河合がリッカに見えないように、こっそりガッツポーズを決める。
ついでに内心で喜びの舞も踊る。
今のリッカにたった100万や200万程度で貸しが作れるなんて、芸能関係者が聞いたら誰だって泣いて羨ましがるに違いなかった。
****
ホテルに帰った二人はさっそく部屋で勉強会を始めた。
明日には帰国なので本来ならば準備で忙しいはずなのだが、それどころではないと河合は判断を下す。
まかり間違えば元カレにドン引きされて、痴女扱いを受けたリッカが大荒れに荒れ狂う可能性を考えれば、必要な指導は一分一秒でも早いほうがいいのだ。
「見てくださいリッカさん。このAVで女性がつけているパンツは、リッカさんが選んでいたものと酷似していますね?」
「うん。レースに赤のスケスケTバックだね」
「では次にこちらを。──これはリッカさんのデビュー動画、こちらの水着は純白ローレグ紐タイプです。さっきよりエロ度が減っていますね?」
「ああ。じつはボクはこの時、内心疑問だったんだよね。こんなエッチでもない、普通の水着で大丈夫なのかって」
「その認識が根本から間違っています」
そもそもローレグ紐パン形状のボトムは十分にえっちだし、それより何よりリッカのドチャシコ完熟ムチムチボディにかかれば、どんな水着だって滅茶苦茶エロく見えるに違いないのだ。
けれど、一番の問題点はそこじゃない。
「いいですかリッカさん……エロい下着ばっかりつけてると、ヤリマンビッチだって思われますよ?」
「な、なんだって!!??」
「ああいうのは彼氏が選んだのを恥ずかしがりながら付けるかせめて、ここ一番の大勝負でしかつけてはいけません。でないと簡単に股を開く尻軽女あつかいされます」
「しっ、しかしだなっ! ボクにとって、アイツに会うのは常にこれ以上無い大勝負なわけで!」
「リッカさんはそうかもしれませんけど、相手もそう認識してなければ意味ありませんからね? とにかく、あんなブラジリアンな下着を穿くくらいならアニメ柄パンツの方がまだマシです」
「そこまでっ!?」
こうして地中海ロケ最後の夜は更けていき。
リッカはまた一つ、とても大事なことを学んだのであった。
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