第2話 リッカと敏腕マネージャー
マッサージを終えたリッカがアパートを出て裏手に回ると、そこに黒塗りのワンボックスがひっそりと停車していた。
リッカが乗り込み、静かに車が走り出す。
一部の芸能関係者がナンバープレートを見れば、それがリッカ専用の送迎車だと気付くかもしれない。
「それでリッカさん、向こうの感触はどうでしたか?」
「……マネージャー、やはり多少強引にでも、アイツの家にお泊まりした方が良かったんじゃないか? もちろんアイツがボクに性的興奮を抱いて、あまつさえ性的に襲ってくれる可能性は限りなくゼロに近いのかもしれないが、昔ボクたちが付き合っていた記憶を思い出して懐かしんで貰えるかもしれないわけだし……」
「それはダメだと言ったはずです。もちろん成功すれば万々歳ですが、もし失敗したらどうするつもりですか?」
「ううっ……」
「リッカさんから彼氏の話を聞く限りは、再会初日から踏み込んだ行動に出れば逃げられる可能性が高いと判断します。もちろん彼女がいるなどの理由で、一気に勝負をかける必要があれば考慮しますが──そのあたりはどうでしたか?」
「うむ、そこは完璧だ。女っ気はまるで無し、アイツは見事なまでに喪男だったよ!」
満面の笑みで元カノに喪男宣言されているとは元カレだって夢にも思うまい──リッカの専属第一マネージャーである河合洋子は、ハンドルを握りながら遠い目をした。
超売れっ子であるリッカは殺人的なスケジュールに追われ、毎日朝から晩まで秒刻みで動き回っている。
そんなリッカに上げるご褒美兼釣り餌として、ある日河合がなんでもいいから要望はあるか聞いたところ、今まで見たこともない真剣な顔で相談された。
話を聞いて思わず目を丸くした。
リッカはこう言ったのだ。
──元カレに会いたい。
しかも再会するだけじゃなく、できればもう一度恋人になりたいけれどどうすればいいだろうかと相談された。
そのとき、河合の敏腕マネージャーの直感にティンときた。
これはリッカをマネジメントする上で、最重要キーポイントになると。
もし元カレをガッチリ押さえて恩を売れば、この先引退まで何十年も、リッカを自分の手元でガンガン売り続けることができるだろう。
リッカの知名度はもはや世界クラスだ。
超一流の仕事がいくらでも舞い込んでくる金の卵だ。
逆に、もしリッカが彼氏にきっぱり振られたり、あまつさえ絶縁されたりしたら──
河合の予想だと、リッカはきっと立ち直れない。
ボロボロになったリッカは、芸能界すらあっさり引退するだろう。
リッカは地位や名誉に固執するタイプでないことはよく知っている。
それはそれで、引退したリッカは芸能界の新たな伝説になるだろうが、河合としてはリッカに末永く稼ぎまくってもらわなくては困るのである。
「リッカさんは昔、大変な失敗をしたんですよね? 彼氏の心を焦って手に入れようとしたばかりに。それで別れてしまったと聞きましたが」
「ううっ……その通りだよ」
「だったら、いきなり恋人同士の関係に戻ろうなんて無理です。むしろマイナス──そう、嫌われている所から再スタートだと思った方がいいでしょうね」
「き、嫌われてるのかい!? アイツに!? このボクが!?」
「当然でしょう。相当こっぴどく振ったって言ってたじゃないですか」
「……うううう……もしもあの日に戻れるのなら、ボクはボク自身を殴り殺したいよ……」
だいぶリッカを弱らせてしまった。
このまま車で伊豆に向かって、明日は朝から撮影だ。これ以上弱らせるのは得策ではない。
マネージャーがタレントを操る極意は、生かさず殺さず。
河合は先輩マネージャーからそう教わったのだから。
「同じ過ちを犯すのは感心しませんね。仕方がないので、わたしも協力することにしますよ。もちろんこれはリッカさんに個人的な貸しを作るということですが」
「……すまない、よろしく頼む……頼りにしてるよ」
やれやれ、と河合が内心で肩をすくめた。
まったくこの爆裂美少女娘は、外観だけならどんな女優だって裸足で逃げ出すほどなのに、中身は恋愛経験ほぼゼロの
ていうか、いまどき小学生でも少女漫画やネットで知識を得て、リッカよりだいぶマシなんじゃないだろうか。
まあ仕事の出来が完璧すぎる分、こういうところで頼られるのも悪くないとは思うけど!
「ならマネージャーはボクが今後、どういう風に動けばいいと思う?」
「そうですね。まずは元カレともっと頻繁に会って、リッカさんが身近にいる日常にもう一度慣らすところから初めては?」
「しかしぼくに殺人的なスケジュールを入れてくるのはマネージャーじゃないか。今日だってボクはもっと、じっくりしっぽりアイツの家にいたかったのに、仕事のせいであんな夜中に行って、バタバタと出てくるハメになったし……」
「再会初日で、あれ以上の滞在をしては警戒されますよ。ですがたしかにリッカさんの現状のスケジュールでは今後も厳しいですね。そこで作戦があります」
「ほ、本当かい!?」
「この敏腕OLマネージャー河合が、リッカさんの恋愛をばっちりサポートしますから、大船に乗った気持ちでいてください」
運転しながら河合がドヤ顔で胸を張ると、リッカの表情がぱあっと明るくなった。
河合洋子26歳、リッカの専属第一マネージャー。
中学から大学まで女子校出身。
異性と付き合った経験ゼロ。エッチもキスも経験なし。
ただし耳年増。
恋愛相談の対象としては、リッカより遙かに経験値が無いはずなのだが、二人ともその事実に最後まで気付かなかった。
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