第25話 スタジオ撮影1
とうとう撮影当日になり、シロは気が進まないまま指定された新宿某所にあるスタジオへと向かった。
そこに待っていたのはリッカとマネージャーの河合、それにシロでも知っている映画監督の巨匠と撮影スタッフたち。
なんでただの動画撮影でこんな大巨匠がと思ったら、今後リッカの初主演映画を撮ることも決まっているとか。なるほどあの台本のかと納得する。
「へえ、この子が?」
巨匠ことヒゲ面のオッサンから舐めるように見られても困る。
シロが目線でリッカに助けを求めると、リッカは任せておけとばかりに頷いて。
「コイツはね、ボクの元カレなんだよ」
「ぶ────っ!?」
えっ、言うことソレなの!? ていうかバラしていいの!?
けれどそんな風に焦ったのはシロだけだったらしく、巨匠はなるほどと頷いた。
「なるほど。じゃあリッカちゃんもやりやすいね」
「そうだとも。ただしコイツは演技の素人だよ、まあボクも同じくらい素人なんだが」
「まあ映画ならともかく、今回はリッカちゃんの動画撮影だからね。そこまで演技力は必要ないから気楽にね」
「というわけさキミ、ヘンに緊張しないでいいんだぞ」
そう言われても、シロは結局台本すら受け取っていないので、緊張以前にどうすることもできない。
「……ねえリッカ。まだよく飲み込めてないんだけど、結局ぼくは何をするの?」
「まあ言うなれば、ボクの撮影の小道具役かな?」
「小道具? 人間なのに?」
「そうさ。例えば、ボクが何かを抱きしめるシーンを考えてくれ」
「うん」
「そこで電柱を抱きしめてもハニワ像を抱きしめてもいいんだが、人間の身体を抱きしめた方が視聴している人間も感情移入できるだろう?」
「なるほどそうかも」
「そうさ、なんだか自分が抱きしめられたような気がするからね。そこでキミの出番だ」
「……その理屈ならマネージャーさんを抱きしめてもいいんじゃ?」
「ボクのマネージャーは女だ。そしてボクの動画のターゲットは基本的に男性で、男女では骨格も体つきも違うからね。だからキミを抱きしめる方が合理的なのさ」
「そういうこと」
でもそれなら、男性の役者さんを呼べばいいんじゃと言おうとした時。
スタッフに呼ばれて慌てて移動し、そのまま聞くのを忘れたのだった。
****
シロについた演出助手は、よく喋る気のいい青年だった。
「元カレさんの撮影シーンなんですが、まずはプールサイドで、元カレさんの背中にリッカちゃんがギュッと抱きつくシーンです」
「はい」
「海パンを用意してあるので、あちらで着替えてください。ウチの監督すごく凝り性なんでヘタすれば百回以上NG出ると思いますが普通ですんで気にしないでください。元カレさんが役者じゃないってのは、みんな知ってますんで。ただ監督だけは忘れるかもしれませんが──元カレさん、他に聞きたいことってあります?」
「……えっと、ぼくってここでは『元カレさん』って呼ばれてるんですか?」
「ウチらもそちらのマネージャーさんから、元カレさんの名前を聞いてないんですよ。なんでも素人さん相手なんで、個人情報保護とかなんとかで。まあリッカちゃんの元カレだなんて今のご時世でバレたら大変なことになりますもんね……それともこれを機会に芸名付けます?」
「……元カレのままでいいです」
そんなやり取りを演出助手をしていると、ついにシロの撮影シーンが近づいた。
「そろそろ海パンに着替えてください──へえ。元カレさん、着痩せしてたから分からなかったけど意外に細マッチョなんですね」
「マズいですかね? いちおうリッカは、ぼくの体型を知ってるはずなんですが」
「いえいえ大丈夫です。ちょっと驚いただけですし、それにAV男優も鍛えてる人は多いですしね。筋トレがご趣味なんですか?」
「そういうわけじゃないんですけど、姉と妹がガチ体育会系で、昔よく付き合わされました」
「あーなるほどです……はい、それじゃお願いします。監督の指示に従ってもらえばいいので気楽な感じで」
「はい」
シロがビキニ姿のリッカの横まで歩いて行くと、ヒゲ監督の野太い声が響いた。
「よーし元カレ、よろしく頼むぞ! 最初はサンオイルを塗るシーンからだ」
「はい。……えっと、ここ室内プールですけどサンオイルって塗るものなんですか?」
「細けぇことはいいんだよ!」
「あっはい」
「元カレは声を極力出すなよ、マイクに乗るからな! できれば息も止めろ、呼吸音が消せるからな! リッカちゃんの音以外は極力入れたくない!」
「そこまで!?」
「ああキミ、あのヒゲ監督は大げさに言うクセがあるのさ。編集で音なんてどうにでもなるから心配しないでいいよ。ていうかイメージ動画なんてBGMオンリーな場合も多い。今回どうするかは聞いてないけどね」
「じゃあ行くぞ、元カレ離れろ! リッカちゃん! アクション!」
監督の合図とともに、リッカがシロをじっと見つめる。
それからどこか照れくさそうに笑って、
「──ふふっ、ずいぶん久しぶりだな。キミと一緒にプールだなんて」
(……えっ?)
「すぐ泳ぎたいのかい? まあ慌てるな、まずはゆっくりしようじゃないか。なあキミ、サンオイルを塗ってくれないか?」
「いい! いいよリッカちゃん! 彼氏とプールに来たって感じで最高だぁ!」
監督の野太いシャウトを聞いて、シロはなるほどと理解した。
つまりリッカは自分を仮想の恋人に仕立て上げて演技をしているのだ。
……なんだよそれって、ちょっぴり思う。
だってリッカは、自分を振った張本人なのに。
あともう一つだけ。
監督が滅茶苦茶叫んでるけど、さっき言ってた「リッカちゃん以外の音は極力入れたくない」とはなんだったのか。
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