第32話 暗殺者
一心不乱に古代文字の解読を進めていく幸を見守っていた兎兎が、後足で地面を連打し警戒音を鳴らした。だが、鼻は鳴らさない。幸の考えを理解しているからだ。
ぎくりと振り向いた弘の嗅覚が、風に運ばれてきた磯の香りを捉えた。
「こんな時間帯に暗殺者?」
まさかと思いながら、山頂の出入口に目を凝らす。その場所に、兎兎が向かった。
幸はバイテク蔓草から伸びる蔓先についた、五インチほどの画面に集中し、莫大な情報を物凄い早さで閲覧し続けている。
弘は兎兎が向かった先に駆け寄った。じっと坂道を見下ろしている兎兎と同じ目線になるよう、腰をおろし覗き込むようにして見下ろす。曲がりくねった下り坂の遠方が、木立の狭間から見えた。
「あれは何だ?」
今まで見たこともない得体の知れない生物が、ゆっくりと坂道をのぼってきている。ヒトの形をしているが、裸体は陽光でメタリックに輝いている。
「イカみたいだ」
弘は見開いた目で、兎兎の横顔を見た。
「こっちに来ているぞ。兎兎。行くか?」
兎兎の片方の目が頷くように瞬いた。直後には、地面を後足で蹴り、飛び跳ねて向かった。腰をあげた弘は刀を握りしめ、兎兎を追って坂道を駆けおりた。
のぼってくる生物に近づいたとき、骨の刀を握っているのが見えた。
「黒い闇だ。暗殺者だ」
弘は確信し、のぼり坂を利用し、暗殺者の頭頂目掛け、飛び跳ねて刀を振りおろした。
暗殺者は横に動いてかわし、着地した弘が坂でつんのめったところを、骨の刀で斬った。いや、それも計算に入れていた弘は、身軽な動きでするりとかわし、腰をくねらせて暗殺者の横腹を、掬いあげるようにして斬った。
「斬れた」
掠り傷程度だが、意外だと言わんばかりの声をあげた弘は、今まであんなに苦労していた暗殺者を、こんなにもあっさりと斬ることができたことに、驚きながらも心地好く感じていた。
暗殺者の裸体が赤色になった。
「怒ったイカみたいだ。皮膚細胞は
弘は漁で捕らえられたイカが、体を赤色にする様を思い出した。
骨の刀が弘の横腹を斬った。ひやりとした弘だが、すんでの所でかわせた。
「敏捷性も低い」
思わず呆然となった弘の、その隙を突いて、骨の刀が弘の首を斬ろうとした。だが、のぼり坂から兎兎が高々と飛び跳ね、骨の刀を蹴って止めた。はっとした弘は、解読中の幸の元から引き離す為、少し坂道をくだり、暗殺者を挑発する。
「イカ野郎」
裸体が赤色からメタリックになり、メタリックから赤色に、赤色からメタリックにと点滅した。そんな暗殺者の顔は、ゆで卵のような輪郭に、魚に似た目と魚に似た口、その上に鼻の穴が二つ、横に耳の穴が二つあるだけだ。
兎兎は弘の後を追いかけようとした暗殺者の顎部分を蹴りあげた。だが、長い耳は捕まれた。いや、するりと長い耳は逃げていた。兎兎は地面に着地したと同時に飛び跳ね、再び顎部分を蹴りあげ、くるりと体を捻って着地すると、弘を追って坂道をくだった。追い掛けてくる暗殺者の裸体は点滅していたが、途中から点滅は止まり、メタリックになって輝いていた。
弘は来るときに寄り道をした空き地に辿り着き、ふと気づいた。
「イカ野郎が黒い闇になるのは、全身の皮膚細胞が虹色素胞だからだ。夜になるとカモフラージュ効果で、暗闇に紛れることができる。だからこそ、有利になれる夜中に現れるんだ」
顔をしかめた弘は、兎兎の警戒音で振り返った。
地面を蹴った兎兎は飛び跳ね身を捻り、骨の刀を握る暗殺者の腕を蹴ろうとしたがかわされ、骨の刀が弘の首に迫った。すれすれで骨の刀をかわした弘は、仰け反るようにして身を翻し、暗殺者の腕に向かって刀を振りおろした。
「動きが速くなっている」
暗殺者の動きを見越して刀を振りおろしたにも関わらず、かわされたのだ。弘は拳を握るように、刀の柄を握り締めた。直後、骨の刀が弘の腹部を斬ってきた。すんでの所で、弘は受け流して間合いをとった。
「!!!!!!!」
暗殺者が初めて声を発した。だがそれは、鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声だった。
思わず怯んだ弘に、骨の刀が迫ってきた。かわした弘だが、髪の毛が斬られ、宙を舞った。それが地面に落ちる間もなく、骨の刀は攻め続けてきて、弘はそれをかわすことだけになった。だが、しっかりと暗殺者の動きを見極めている。
注視していた兎兎が身を翻し、弘に背を向け、飛び跳ねていった。弘の実力を見定め、援護する必要はないと、判断したからだ。
兎兎は空き地の奥の片隅にある、一体の蛹の元に向かった。以前弘が観察したときには、白色だった表面が灰色に変わっていた。そんな蛹から間合いをとって、兎兎は止まった。地面に尻をつけ背筋を伸ばして座ると、長い耳と目と鼻、全ての神経を蛹に集中させて監視する。
「!!!!!!!」
鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声と共に、弘の刀先が暗殺者の首をとらえて止まった。骨の刀も弘の首を今にも斬りかけそうな所で止まった。
「!!!!!!!」
鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声の後、暗殺者はゆっくりと後ずさりながら、何かを物申すように、鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声を発し続けた。
「!!!!!!!」
弘は鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声を断ち切るかのように刀を振った。暗殺者は受け流し、骨の刀で弘の太ももを斬りかかった。それをかわした弘の刀が、暗殺者の足に向かうがかわされた。
「!!!!!!!」
執拗な暗殺者の攻撃に加え、その発する鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声は止まらない。そんな状況が続いていて、弘は自分の異変に気づいた。訳がわからなかった暗殺者の発する鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声が、コミュニケーションとして、その内容を理解できるようになったからだ。怪訝に思うが、なぜか心は懐かしさを感じ、そんな不可解な感覚に、弘は複雑な気分になった。
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