第7話 始動

 「情報役温羅者から入ってきた情報を報告する」

 前置きして弘は喋り出した。

 「世界各国、パイロットと同じ感染症状を訴えているヒトや、パイロットと同じ感染症状で死んだヒトはいない。また、数年前からの症例にも、当てはまるものはない。出航先の空港界隈では、植物が枯れたという情報はない。出航先の空港から貨物機が出発するまで、貨物機に出入りした人物をチェックしたが、怪しい動きをする人物など、不審者はいなかった。出航先の空港と到着先の空港、二つの空港内からは不審物は発見されておらず、怪しい人物の目撃はない。貨物を含めた貨物機内には、感染を引き起こす蚊などの媒体は検出されておらず、有害な病原体も検出されていない。不審物もなかった。また、貨物に生物はなく、全て無生物だ。パイロット二人の健康も何ら問題なく良好で航空身体検査にも合格しており、搭乗するまで風邪気味でもなく、倦怠感も感じておらず、いたって健康体だったということだ。そんな彼らの体調が悪くなったのは飛行中で、まずは一人のパイロットに風邪の症状がでて、俄かに悪化したらしい。彼らの数ヶ月前までの素行データと、その他情報データを、幸へ転送する」

 報告するときの弘の声は、全く以て淡々としている。感情も出さない。それは、解明役温羅者が的確に謎解きできるように、要らぬ先入観を与えないためだ。

 「わかった」

 頷いた幸のバイテク蔓草に蕾がついた。それが見る間に開き、桃色の小花となって甘い香りを漂わせる。これは、転送されている状態だ。しばらくして、甘い香りが消え、小花は凋落した。それが意味するのは、転送が終わったということだ。小花が咲いていた部分に、芽がついた。この芽が、転送されたデータだ。

 「衛星写真では、枯れて茶色になった植物が、超特大の円を作りあげているのが写っている。その画像も送っている」

 「超特大の円とは?」

 幸は転送済みだという画像を確認することなく言った。バイテク蔓草に慣れていない上に、走行中だからだ。

 「田んぼの枯れた稲から民家の枯れた植木までを含めた、貨物機が着陸した空港を中心とした半径十二キロの円だ」

 「円外の植物は枯れることなく緑色をしているのね。だから、茶色になって枯れている植物が円を作りあげている、ってことね」

 「そういうことだ」

 頷いた弘に、思い出した幸は、以前テレビで見たことを言った。

 「ミステリーサークルって、ヒトが作りあげたものだと言っていたよ」

 「ミステリーサークルか。いろんな説が飛び交っているな。まあ、それもあって、依頼人は、パイロット二人にトラブルや怨恨もないことから、テロリズムの可能性も否定できないし、未知の兵器の可能性も否定できないと考えている」

 「宇宙人が植物を枯らして円を描いた可能性もあるよ」

 幸がからかうような声で言った。

 「そうかもな」

 首を竦めた弘が、赤信号でバイクを止めた。続いてバイクを止めた幸は、指示を出した。

 「バイテク蔓草。転送データを表示」

 幸の指示を受けたバイテク蔓草につく芽から蔓が伸び、蔓先についた葉が細胞分裂し、五インチほどの画面に分化した。

 「このようなテロを犯す動きや情報は、過去から現在までなく、このようなバイオ兵器の情報も一切ない」

 弘が情報を付け足した。

 幸は画面を指先で操り、表示されたデータを素早く捲り、全てを読み取った。

 「二人とも自然感染した気配はない」

 呟いた幸は、青信号になったのを受け、伸びている蔓を引きちぎり、アクセルグリップを回した。路上に落ちた蔓と画面は枯れていく。

 「パイロット二人が発症してから九十分足らずという早さで、病状が進行して死亡したことから考えると、彼らと同じ感染者がいるのなら、既に発症して死人が出ていてもおかしくない。貨物機以外で感染したのなら、尚更のこと。それなのに、同じ症状で亡くなった人はいないし、発症している人もいない。また、ここ一年間でもそのような症例はない。となると、この感染は貨物機内で勃発し、貨物機内で終息した可能性が高い」

 言い切った幸が、あっさりと付け足す。

 「ヒトはね」

 その発言に、弘の背負っているリュックが、驚いたように揺れた。

 「枯れた植物は、一連の感染だというのか?」

 弘の一際大きな音声が聴こえてきたが、幸は返事よりも指示を出した。

 「パイロット二人の治療データと解剖データを情報役温羅者に依頼して」

 「了解」

 静かに返した弘は、幸が一連の感染だと推測していると理解した。バイクを走らせながら、バイテク蔓草に指示を出し、情報役温羅者に依頼する。

 朝日で辺りが明るくなった頃、山間の道路を走っていて、先頭を行く弘が左手を上げて左右に大きく振った。その動作に、幸は車道の両脇に広がる対照的な山林を見遣った。左側の山林は緑色の葉で覆われているのに対し、右側の山林は茶色の葉で覆われている。

 「円の境界だ」

 説明した弘は言葉を切り、言った。

 「例の貨物機は、閉鎖された空港の滑走路に止められている。貨物機内は見ることができるように手配済みだ」

 「わかった」

 幸の返事に、弘は歯切れよく言った。

 「飛ばすぞ」

 加速した弘は、伸びている蔓を引きちぎって通話を切った。幸の伸びていた蔓も枯れ、風に流され散った。

 二台のバイクは、民家の庭木や街路樹や畑や田んぼや草、全ての植物が枯れ果てた中へ入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る