第8話 貨物機
眼前に、集まっている報道陣が見えてきた。ごった返し物物しい雰囲気が漂っているのを横目に、弘が通行証を見せ、立ち入り禁止となっている空港敷地内へ入った。滑走路を走り、貨物機に設置されたタラップの横に、バイクを止める。
ヘルメットを被ったままで幸は、背負っていたリュックをおろすと、ファスナーを開けた。そこから勢いよく飛び出した兎兎は、前足を前方に伸ばし、思いっきり背筋を伸ばした。窮屈だったらしい。気持ちよさそうに空気を吸い込んだ兎兎は、後足で地面を蹴って垂直に飛び跳ねると、先頭に立ってタラップをあがっていく幸の後を追いかけた。弘はそんな彼らの背後をゆったりとついていく。弘もヘルメットは被ったままだ。できるだけ顔は見られないように、貨物機内に入ってからヘルメットを脱ぐのだ。
貨物機内に入った幸は、コクピットから始まって、隅から隅まで、鋭い目で入念にチェックしていく。
貨物室にはコンテナが十五台、これも現状維持のままで置かれていた。全ては、段取り役温羅者の手配だ。
幸はより丁寧に、観察する。レールが敷かれた床、側壁や天井にも目を配って丹念に見る。
「バイテク蔓草。コンテナのデータを表示せよ」
弘の指示を受けたバイテク蔓草から蔓が伸び、蔓先についた葉が細胞分裂し、五インチほどの画面に分化した。そこに十五台のコンテナの情報が表示されると、幸が見ているコンテナの情報を指先で触れて開いた。
「このコンテナには……」
弘はどんな荷物が入っているのか言おうとして、覗き込んできた幸によって遮られた。弘は指先で画面を操り、全てのコンテナの情報をゆっくりと表示していった。最後のコンテナの情報で、幸が表情を変えたのを、弘は見逃さなかった。だが、幸はそのコンテナに向かうわけではなく、隣のコンテナに移動すると、状態を見極め、床なども注視した。
順番に一台ずつ、全てのコンテナの外観をじっくり観察する幸の後を、弘はただ追った。
「このコンテナの中には、荷物が一個しか入れられていなかった」
幸が最後のコンテナをじっくりと観察した後、疑問を口にした。
「ここに入っている荷物は、六曲屏風だしな」
弘も不思議そうに言った。
「ここにある通気口」
幸がコンテナの壁面を指した。何だというように弘が見遣ると、通気口を指していた人差指が、なぞるようにして下に落ちた。
「ここにある塵の分析を依頼して」
茶色の塵が、床にこんもりとあった。その周りの床にも、同じ塵が散乱している。
「了解。段取り役温羅者に、研究所と選り抜きの研究者を依頼する」
即答した弘が動き出す前に、幸の人差指が再び通気口を指した。
「このコンテナの中にある荷物の六曲屏風、この目で調べたい」
「了解。それも段取り役温羅者に依頼する」
すぐに弘は取り掛かった。
段取り役温羅者とは、謎解きにあたっての必要なものやヒトや場所、様々な手配をする。そのとき、多額のお金を使う場合もあるし、依頼人に用意させる場合もある。
幸は弘の頼れる背を見て微笑み、思い出して胸ポケットのバイテクプリズムを見た。やはり赤色の輝きは消えている。目指す方角から外れているということだ。
「弘。私は空港界隈の枯れた植物を観察した後、行きたいところがあるから、行っていい?」
幸の意外な発言に、振り返った弘の表情は訝しげだ。だが、真っ直ぐな幸の瞳を見て、渋々と承諾する。
「そうだな。これがあるから、いいだろう」
弘は左手首に巻いているバイテク蔓草を、これ見よがしに見せつけた。何処に行くのか訊かない配慮が、幸の心を温かにした。
「ありがとう」
幸が踵を返そうとしたところで、弘は慌てて遮った。
「夜中は注意しろ。自分の生命……」
「わかってる」
肝に銘じていると幸は親指を立て、心配してくれている気持ちが嬉しいと微笑んだ。つんと弘は背を向けた。彼なりに照れている。
「兎兎。行くよ」
幸の呼び声に、寝かしていた耳を立てた兎兎は目を開けた。邪魔にならないように貨物室の片隅で居眠りをしていたのだが、すくと四肢を立てると、後足で床を蹴って駆け出した。ヘルメットを被った幸の後を追いかける。
タラップを降りた幸は、リュックを地面におろし、ファスナーを全開にした。その中へ、高々と飛び跳ねた兎兎がするりと入った。
ファスナーを軽く閉めた幸は、リュックを背負うと、バイクに跨った。軽くアクセルグリップを回し、徐行していく。周りの状況を観察するためだ。
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