第26話 鬼之城 扉

 幸はバランスを取りながら、胸ポケットからバイテクプリズムを取り出すと、石垣の反対側へ手を伸ばし、石垣に向かってバイテクプリズムをかざした。

 陽光を捉えたバイテクプリズムから、スペクトルが行く手の石垣に放たれた。

 「扉を示した」

 石垣に映るスペクトルと重なるように、光の三原色である赤色と青色と緑色の円が石垣に現れた。

 「扉が呼応した」

 現れていた円が消えると、石垣に映るスペクトルの光が一つずつ消えていった。わくわくする幸の目が、最後に残った一つの光を捉える。

 「鍵は水色光よ」

 石垣を作っている六個の石が水色に輝いた。

 「扉が開く。この扉もバイテク珪化木だわ」

 扉である水色に輝く六個の石が、すっと引き抜かれたように、石垣の中に吸い込まれた。

 ぎくりとなった幸は、現れ見えた扉の中の闇が、ブラックホールのように感じられ、気が引けた。

 「兎兎」

 幸の足元を掠めて、兎兎が扉の中へ飛び込んだ。闇に吸い込まれたように感じられた直後、中から淡い光が漏れてきた。入った兎兎を感知したのだ。

 幸は輝きが消えたバイテクプリズムを胸ポケットに仕舞い、扉の中に入ろうとして、垂直の斜面に気づく。中は縦穴の洞窟で、深く下へ向かっているのだ。注意深く見ると、扉だった六個の石が階段を作るように、急斜面の側壁に突き刺さり足場になっていた。幸は最初の足場に着地すると、ゆっくりと慎重な足取りで、ジグザグに存在する足場をおりた。

 洞窟の底で待ち構えていた兎兎が、到着した幸の足元に近寄った。

 土ボタルがいるかのように青色に輝くバイテク天井を仰いでいた幸が、視線を落とした。

 うずくまる子供くらいの大きさの丸い石が、底となる床の中央にあった。それ以外に石はなく、床はきめ細かな柔らかい土だった。

 「この丸い石は、バイテク珪化木」

 見極めた幸は、先程おりてきた足場がある側壁を見遣った。

 「この側壁の岩は、バイテク珪化木。でも……」

 それ以外の側壁を見遣った。

 「これら側壁の岩は、ただの岩」

 棒状の文様が刻まれている岩を、不思議そうに見遣った。

 縦の長さと濃淡の度合いが違う棒状の線が、足場がある側壁以外の側壁に、ずらりと横に並んで刻まれている。

 突如、兎兎が鼻を鳴らした。

 聞き取って驚いた幸は、背負っていたリュックの肩紐を外し、もう一方の肩紐は掛けたままでファスナーを開き、バイテク掛軸を取り出して巻緒をほどき開いた。

 「絵が変わっている」

 バイテク掛軸の本紙には、山頂にそびえ立つ巨石の絵が現れていた。また、その絵の下には、文字の代わりに棒状の文様が現れていた。

 「同じ文様だわ」

 確信した幸は、側壁を見遣った。直感する。

 「この文様は文字よ。温羅者の古代文字」

 興奮するように叫んだ幸の声に、兎兎の長い耳がびくりと動いた。

 幸は目を爛々とさせながら、側壁に刻まれている古代文字を見て考え込み、思いついたというように、左太ももを見下ろした。

 「バイテク蔓草。カメラに分化」

 指示を受けたバイテク蔓草から蔓が伸び、蔓先に葉をつけた。その葉が細胞分裂し、見る間にカメラに分化した。

 幸はカメラをもぎ取り、全ての古代文字を写していった。撮り終えると、リュックにカメラを仕舞い、床にある丸い石に近寄って観察する。

 「花粉によってバイテク掛軸の本紙の絵が変わったんだわ。六曲一双屏風と同じ」

 幸は丸い石の横の床に、こんもりとある塵を指差した。

 「丸い石から咲いた花が枯れたという証拠よ」

 兎兎が鼻を鳴らした。聞き取った幸は、丸い石の下部から伸びる短い枝を見た。枝には、透明な小花がびっしりついて咲いている。

 「分っているわ。何か分からないけど、この丸い石は動いている」

 腰を伸ばした幸は、側壁に刻まれている古代文字を見遣った。

 「これが読めれば、丸い石の正体もわかるはず」

 兎兎を見下ろすと、歯切れよく言った。

 「ここを出るよ」

 幸は駆け出した。側壁にある足場を、ロッククライミングの要領で、ジグザグによじのぼっていく。後に続く兎兎は、軽快に飛び跳ねてジグザグにあがっていく。

 扉から外へ出ると、石垣沿いにある土塁の狭い部分を伝って戻る。その途中、石と石がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 洞窟側の扉上部に、折り重なるようにしてあった垂直の石を思い出した幸は、その石が、開いている扉を閉めるように、はまり込んでいるのだと推測した。また、足場になっていた石は、きめ細かな柔らかい土である床に落ちてめり込み、その上にバイテク天井からきめ細かな土が降り注いで隠すのだと推測した。

 「凄い技術だわ」

 感心しながら足を速め、斜面をのぼり、立入禁止の看板を擦り抜ける。夕日に気づき、寄り道をしてしまう。

 幸は屏風折れ石垣の突出部分で、沈んでいく日によって橙色に染まっていく景色に見とれた。胸の中にも夕日が入り込んできたかのように、温かい気持ちになる。だが、その反面、哀愁も感じた。

 鬼と呼ばれていた祖先は、どのような気持ちで、ヒトの住む世界を眺めていたのだろうか……

 兎兎が鼻先で幸のふくらはぎを突っつき、鼻を鳴らした。

 「そうね。夜中になる前に帰らないとね」

 にこりと兎兎を見下ろした幸は、急いで駐車場に戻り、鬼之城を後にした。

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