第35話 対戦
「バイテク蔓草。刀に分化」
弘はバイテク蔓草に向かって指示を出した。地面に落ちている刀は、骨の刀と衝突したことで刃こぼれし、茶色に変色し枯れていたからだ。
刀に分化するまでの間、兎兎は猿猴者を引きつけようと、股から覗き込んでいる猿猴者の視線から消え、猿猴者の正面に回った。
びくりとした猿猴者は、俊敏に上体を起こすと、眼前にいる兎兎を睨みつけるようにして見下ろした。
兎兎は悪戯っぽい目付きで、首根っこを後足で掻いてみせた後、ジグザグに飛び跳ねて挑発した。それに乗った猿猴者は骨の刀を振り回し、兎兎を斬ろうとするが、小回りのきく兎兎はあっさりとかわし続け、反復横跳びまでしてもてあそんでいる。だが、骨の刀を振り回す猿猴者の動きは、見る見る敏捷になっていく。
「兎兎」
駆け寄ってきた弘の足音で、兎兎は入れ代わるようにして飛び退けた。
弘の刀が猿猴者に向かったが、受け流した骨の刀が弘の腹を斬る。いや、すんでの所で、兎兎が猿猴者の腕を蹴った。そのことで骨の刀は逸れ、弘は刀を振った。だが遅かった。猿猴者は後ずさって間合いをとった。と思いきや、すぐに向かってきて、骨の刀が頭上から振りおろされた。それを弘は俊敏にかわし、それと同時に刀を振った。加勢して、地面を蹴って飛びあがった兎兎が、猿猴者の背を蹴って避けさせないようにした。だが、刀が猿猴者を斬る直前で、するりとかわした猿猴者は、再び飛びあがって蹴ってきた兎兎の後足を腕で払い除け、退いて間合いをとった。
兎兎が割り込んでくることは、弘にとって邪魔にも負担にもならなかった。それよりも、スタミナを失っている弘にとっては心強い加勢であり、全く動作を妨げない兎兎の動きは自然が味方をしてくれているようだった。
弘は兎兎の加勢があることを念頭に置いて刀を振ることにした。
猿猴者が飛びかかってきた。だが、なぜか脇にいる兎兎に骨の刀は向いた。意表を突かれて慌てた弘は、骨の刀を受け止めようと刀を差し向けた。その刹那、猿猴者の手が弘の腕を鷲掴みにし、あれよという間に、刀は猿猴者の手によって払われてしまった。だが幸いなことに、骨の刀も既に手放されていた。
弘と猿猴者の組手が始まった。
経験が浅い弘は苦戦している。
加勢する兎兎が垂直に飛び跳ねた。猿猴者の右手が兎兎の長い耳を掴みかけたが、するりとかわした長い耳が猿猴者の右手をはたいた。その間、足をすくって倒そうとした弘だが、猿猴者は体勢を崩すことなく、そればかりか、猿猴者によって弘は足をすくわれて尻餅をついた。愉快そうに笑う猿猴者は、殺そうとはしていないようだった。
弄んでいる。
そう気づいて弘は思った。
猿猴者が組手に持ち込んだのは、組手に自信があり、自分の成長の時間も稼げ、俺のスタミナ切れも見込んでいるからだ。
ちらりと目を横にやると、近くの地面に刀が転がっていた。即座に手を伸ばした弘だが、目の動きで察した猿猴者に阻まれた。
悔しい気持ちをばねに、威勢よく立ちあがった弘は、猿猴者の腕を掴んだ。と思ったが、腕を翻した猿猴者によって、逆に弘の腕が掴まれ投げられた。投げられる寸前、割って入った兎兎によって、猿猴者の力は分散された形になり、弘は軽く投げられ、腰を強く地面に打たなくてすんだ。だが、兎兎の長い耳は猿猴者の手に鷲掴みされていた。そのまま荒々しく振り回され、兎兎は力一杯地面に叩きつけられた。それでも兎兎は呻きながら起きあがると、一歩一歩進むように跳ねて向かった。よろよろしているからか、あらぬ方向へと向かっている。いや、よく見ると、後三歩ほどで、刀に辿り着く。そう思った矢先、兎兎がばたりと倒れ込んだ。それっきり、全く動かなくなった。
まさか……
嫌な予感に襲われた弘は、逆上して立ちあがると、がむしゃらに猿猴者に向かった。両拳で激しく猿猴者を叩きのめそうとするが、余裕でかわされ続けた。
弘のスタミナが限界に近づいたとき、弄ぶ猿猴者の動きも弱まった。その油断を見逃さず、弘は激しい息遣いをしながら後退して間合いをとった。そのとき、視界の隅に兎兎の姿が入り、直後には、兎兎が刀を後足で蹴った。巧みな加減で蹴られた刀は、ちゃんと刀の柄が前方となり、弘の元に飛んだ。
刀の柄を掴み取った弘は、最後の力を振り絞り、目を見張った猿猴者の頭に刀を振りおろした。
斬られた猿猴者は地面に倒れ、先の猿猴者と同じように炭と化した。
「兎兎。おまえは策士だな」
親指を突っ立てた弘は、よろめきながらその場にしゃがみ込んだ。スタミナ切れの弘と違って、再生能力に優れる兎兎は意気揚々と長い耳を振り、貫禄ある顔つきで顎を持ちあげて応えた。
兎兎は敢えて自らの耳を鷲掴みさせ、死んだふりをして猿猴者を騙し、刀を弘の手元に送る頃合を見計らっていたのだ。
兎兎が鼻先を使って坂道をさした。理解した弘は、払う手つきをした。
「先に行っていいぞ」
弘の返事に、兎兎は高く飛び跳ねて方向転換すると、坂道に駆けていった。
「バイテク蔓草。インターネットに接続」
弘の指示を受けたバイテク蔓草に蕾がついた。それが見る間に開き、桃色の小花となって甘い香りを漂わせる。正常に接続されたと分ると、再び指示を出す。
「バイテク蔓草。検索」
バイテク蔓草から蔓が伸び、蔓先についた葉が細胞分裂し、五インチほどの画面に分化した。そこに表示されたキーボードで、猿猴者と入力する。
しばらくして、表示されていたキーボードが消え、検索結果が表示された。
猿猴者でヒットしたものはなかったが、猿猴でヒットしたものがあり、指先で捲りながら読み取っていくと、河童の一種である妖怪の伝説があることがわかった。
「妖怪」
ぽつりと呟いた弘は、温羅と呼ばれていた鬼のことを思い出した。
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