第23話 犯行声明
メール着信音が鳴った。
「窓口役温羅者からだ」
メールを開いた弘が、緊張した視線を幸に向けた。
「犯行声明が出た」
慎重に言った弘は、幸から目を逸らすと、読み取りながら報告していく。六曲一双屏風の前に立つ幸は、息を呑んで黙った。
「温羅者を名乗る犯行声明に、世界各国の依頼人がこの真意を問いただしてきた。犯行声明は、依頼人たちの判断でまだ公にされていない。犯行声明の内容は……温羅者はヒト社会を支配する。これは安土桃山時代からの
くるりと腰を捻った幸は、ソファに向かった。眉間に皺を寄せ、腕組みをしてソファに座る。
「ペットの件は失敗ではなく、試験だから死者がでなかったということだな」
思い出した弘が、ちらりと幸を見遣った。
「試験でなければ、円内の植物が枯れたのではなく、ヒトが死んでいたってことだわ」
貨物機の件を思い出した幸の声は、怒りに満ちていた。
弘は幸を見遣ったまま、中断していた報告を続けた。
「これらの事件を起こし、犯行声明を出したのは、温羅者なのか、それをはっきりさせるため、窓口役温羅者は管理役温羅者に依頼したということだ」
ふと幸は犯行声明を思い出し呟いた。
「安土桃山時代からの決定」
はっとした顔つきで六曲一双屏風を見遣る。
「これは安土桃山時代の屏風。そして、この右隻の差出人と受取人は管理役温羅者だった」
幸は弘に目を向けた。
「右隻の受取人の住所は、ここから遠くないわよね?」
「ああ」
返した弘の表情は快くない。それは嫌な予感に襲われているからだ。
「右隻の受取人だった管理役温羅者の住所を教えて」
やはり来たと、弘は難色の表情でたしなめる。
「その件については、依頼された管理役温羅者に任せればいい。俺たちは受けた依頼に集中しなければいけない。だがもし、その件についての情報が必要ならば、窓口役温羅者を介して、依頼された管理役温羅者から情報をもらうのが筋だ」
「でも、六曲一双屏風の片割れである左隻を見つけることができたのは、バイテク巻物と一緒にあったバイテクプリズムで……」
「分っている」
弘は幸の言葉を止めた。その語調は荒々しかった。だが、迷っているようでもあった。幸の心情を深く理解しているからだ。
バイテクプリズムが入っている胸ポケットをそっと触った幸は、ソファに深くもたれかかった。目を閉じる。全身の力を抜き、何も考えず、囲繞する時空に身を委ね、心を落ち着かせる。そんな幸の耳に、温かい弘の声が入ってきた。
「行って来い」
目を開けた幸は、微笑みながら弘を見遣った。
「ありがとう」
「受取人だった管理役温羅者の住所を、ナビ5としてデータ転送する」
ぐいと親指を突っ立てた弘に、幸は満面笑みで返し腰をあげた。
ソファで転寝していた兎兎が、長い耳で察知して跳ね起き、四肢を伸ばし背筋を伸ばすと駆け出し、床を蹴って開いたままのリュックの中に飛び入った。
幸は壁にかけていたバイテク掛軸を手に取ると、巻きあげ、巻緒を結んだ。それをリュックに入っている兎兎の横に仕舞い、ファスナーを軽く閉める。
左太ももから漂っていた甘い香りが消えているのを感じ取った幸は、バイテク蔓草についている芽を確認すると、指示を出した。
「バイテク蔓草。ナビ5を開始」
バイテク蔓草につく芽から蔓が伸び、蔓先についた葉が細胞分裂し、二インチほどのナビゲーション画面に分化した。
「弘。行ってくる」
凜とした幸の声を掻き消して、メール着信音が鳴った。はたと幸の目が緊張する。
「窓口役温羅者からだ。謎解きの依頼が入った」
弘はメールを開き、読み取る。
「海外からの依頼で、犯行声明通りといえるものだ。だから、この謎解きの依頼も受け、前回と同じように処理する」
顔をあげた弘が、幸と目を合わせ、親指を立てた。頷いた幸は、弘に全て任せると、親指を立てて返し、ヘルメットを被ると、研究室を後にした。
外に出た幸は、青空を仰いだ。
「晴れの国らしく、今日も晴天だよ」
にこりと話し掛けた幸の背を、リュックの中から兎兎は優しく蹴って応えた。
「行くよ」
打って変わって引き締まった声をあげた幸は、バイクに跨った。アクセルグリップを回し、ナビゲーション通りに走らせていく。
目的地に向かって半分以上来たところで、バイテク蔓草から伸びた蔓が、ヘルメットの隙間から入ってきた。弘からの通話だ。
「幸。先の依頼の件を確認した。同心円状に異変が起こり、その中心には感染源があり、原因物質も特定した。未知の元素の有無を確認中だ」
「わかった」
にやりとした幸は、バイクを走らせ続けている。
「また、窓口役温羅者から、犯行声明通りといえる海外からの謎解きの依頼が入った。これも受け、同じように処理する」
「間隔が早いわね」
ぽつりと言った幸の発言だけで、理解した弘は愉快そうに返した。
「犯行声明にあった試験の間隔が早まったのではなく、温羅者への依頼が遅かっただけだ」
「お国柄ってやつね」
くすりと笑った幸は、蔓が枯れていくのを視界の隅に捉えた。通話を切った弘は忙しいみたいだ。
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