第24話 管理役温羅者

 青信号の交差点で、幸は体の重心を傾け左折した。山間のひっそりとした車道を走り、点在する家を抜け、山腹に向かった。見えてきた旧家が、受取人だった管理役温羅者の家だ。その前方にある開けた空き地にバイクを止めると、ヘルメットを脱ぎ、リュックを地面におろしファスナーを開けた。飛び出す兎兎を横目に、幸は背筋を伸ばした。

 「遺族はいるかな?」

 旧家に向かおうとして、兎兎の様子に気づいた。兎兎は尻をつけ胸を張って座り、長い耳と目を遠方の一点に向けている。さっき通ってきた細い車道を越えた雑木林だ。

 凝らす幸の目が、雑木林から出てくる男性を捉えた。ひょろっとした長身の男性が、細い車道を横断してこっちに来る。眼鏡のレンズに陽光が反射しきらりと光ったと同時に、幸に気づいたのか、男性は持っているザルを見せつけるように持ちあげ、荒れかけた畑を力強い足取りで横切り近づいてきた。

 「いるか?」

 ザルに盛った種々のキノコを、これ見よがしに幸に見せた。土の香りと共に歯を見せた男性に、幸は思わず口元をほころばせたが断った。

 「謎解き中か」

 言い当てたその言葉で、この気さくな男性が、亡くなった管理役温羅者からバイテク巻物を受け取った遺族だと、幸は悟った。

 男性は地面にザルを置くと、腰を屈めたその位置から兎兎を見つめた。

 「解明守護役温羅者は偉いなあ」

 地面に腰を下ろした男性は、手を伸ばして兎兎の額を撫でた。褒められたことが嬉しかったのか、兎兎はうっとりした表情でその場にうずくまった。

 「ウサギ目ウサギ科兎兎属。数千年前に、温羅者によってバイオテクノロジーで誕生した」

 男性は兎兎を撫でながら幸を見上げた。

 「おやじが好きだったキノコを供えたら、出ていくところだった」

 幸は腰を下ろして向き合うと、男性は先程とは打って変わった厳しい表情で訊いてきた。

 「用件は?」

 ここへ来た理由を話した幸は、犯行声明も手短に伝えた。

 「伝え授けられていませんか?」

 幸の問いに、男性は首を横に振って言った。

 「詳しい情報はない。だが、安土桃山時代に温羅者が受けた依頼によって、温羅者は身を切る決断をしたそうだ。その回答書は依頼主に渡されたが、それとは別に管理役温羅者によって、その情報は守られてきた。それが、六曲一双屏風だ。暗殺者は温羅者の暗殺だけでなく、六曲一双屏風も探していた」

 幸はあからさまに顔色を変えた。何かあると勘づいた男性は、唇を噛みしめる幸を、包み込むように優しく見つめた。

 母が管理役温羅者であるとバイテク巻物に書かれてあったことを思い出した幸は、バイテク巻物には書かれていなかったことを直感した。

 母によって左隻は隠されたんだ。それを解明役温羅者の父は知っていた。また、幼少の頃に病死したと聞かされていた母も、事故だと処理された父も、どちらも暗殺者によって殺されたんだ。

 幸は、そうかもしれないと思いながらも死の真相を拒絶していた自分に、確固たる真相が突付けられ、胸の奥から悲しみと憎しみと辛い感情が湧き上がっていた。堪えようとするが、涙が溢れていく。

 男性がいきなり幸をぎゅっと抱き締めた。途端に、幸の目から大粒の涙が溢れ、嗚咽する。

 幸の体の震えと嗚咽がやむまで、男性は抱き締めていた。

 「これで君は猪でなくなった。振り返りながら前に進める」

 男性の両腕から解放された幸は、きょとんとした表情で男性を見つめたが、理解して微笑むと、バイテク巻物と一緒にバイテク掛軸とバイテクプリズムがあったことから始めて、全てのいきさつを語った。

 「君の両親は、君を管理役温羅者でなく解明役温羅者として、遺伝子発現させることを決めたんだな。それは、ヒトとしての君の性格を見極めての判断だが、それよりも、君に対する二人の深い愛情だ」

 男性はにこりと微笑んで続けた。

 「君の両親は、こんな感じで出会ったのかもしれないぞ」

 からかう男性に、幸は顔を横に振りながら笑った。

 「もしかしたら……」

 急に男性の顔がきりりとなった。

 「今起こっている事件と同じようなことが、安土桃山時代に起こったのかもしれない」

 断定はしなかったが直感したように言い、幸の目を力強く見つめた。

 「情報である六曲一双屏風によってバイテク掛軸の本紙に絵が現れたのなら、そこへ行くべきだ」

 まっすぐな男性の目に向かって、幸は深く頷いて返した。男性はよろしいというように、幸の頭髪を撫でた。

 「これを供えたら出ていくと言ったが……」

 男性はつけ足すように言い始めた。

 「窓口役温羅者から依頼を受けたからだ。温羅者の問題処理は、管理役温羅者の役目だからな。これから、温羅者の中から犯行声明を出した犯人の特定をしていく。だが、温羅者の問題は、管理役温羅者が処理し、その情報も保持し続け、他言もしない。だから、君に情報を流すことはできない」

 きっぱりと言い切った男性に、幸もはっきりと言った。

 「分りました。でも、こちらの情報はそんな制約はありません。だから、犯人の特定に有利な情報は、窓口役温羅者を介して、あなたに流します」

 一回り離れているであろう年下の女性からの心強い発言に、男性は少々面食らったが微笑んで返し、真面目な顔つきで言った。

 「暗殺者によって温羅者の数はかなり減っている。だからってわけじゃないが……死ぬなよ」

 男性は幸の反応を見ることなく、すっと顔を背けると、ザルを抱えて立ち、もう振り向くことなく、自宅玄関に向かった。

 微笑んだ幸は、男性の飄々とした背に、小声で「ありがとう」と言い「あなたもね」とつけ足した。

 まどろんでいた兎兎は、幸が昂然と立ちあがったのを察知し、跳ね起きた。

 「兎兎。行くよ」

 幸の掛け声で、開かれたリュックの中に飛び入ろうとした兎兎が、つと幸の左太ももを見上げた。バイテク蔓草から蔓が伸び、蔓先が二股になり、幸の左耳と口元でそれぞれ小さな葉をつける。弘からの通話だ。

 「幸。先の依頼の件を確認した。同心円状に異変が起こり、その中心には感染源があり、原因物質も特定した。未知の元素の有無を確認中だ。また、窓口役温羅者から犯行声明通りといえる謎解きの依頼が入っている」

 「わかった。任せる」

 幸は返事をした後、受取人だった管理役温羅者の遺族と会話した内容を報告した。

 「これから鬼之城へ行く」

 「了解。鬼之城の住所をナビ6としてデータ転送する」

 用意周到な弘に、幸が顔をほころばせる中、左耳と口元にあった小さな葉と蔓は枯れた。弘が通話を切ったのだ。その代わりに、左太ももから甘い香りが漂ってきた。目をやると、バイテク蔓草に桃色の小花が咲いている。その小花が凋落し、そこに芽がつくと、幸は指示を出した。

 「バイテク蔓草。ナビ6を開始」

 バイテク蔓草につく芽から蔓が伸び、蔓先についた葉が細胞分裂し、二インチほどのナビゲーション画面に分化した。そこに映る現在位置を確認した幸は、兎兎が入ったリュックを背負い、ヘルメットを被ると、バイクに跨った。一路、古の温羅者のすみかである鬼之城へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る