第39話 再稼働

 近寄った幸は、縦穴を覗き込んだ。地下へおりる螺旋階段があった。だが、底は暗闇に包まれ見ることはできない。かなり深い縦穴だとわかる。

 ためらう幸の足元をすり抜け、兎兎が縦穴に飛び込んだ。螺旋階段を飛び跳ねておりていく。すぐさま幸もその後を追いかけた。弘も続いた。螺旋階段はバイテク珪化木で作られている。

 長くて狭い螺旋階段を駆けおりていく途中、陽が届かなくなる辺りで、土ボタルがいるかのように、螺旋階段の段鼻が青色に輝き出した。見易くなったのを切っ掛けに、速度をあげ、おりていくと、青色に輝く底が見えてきた。

 先頭を行く兎兎の四肢が、青色に輝く底に着地した。と同時に、底の輝きは失せ、その代わりに、一部の側壁が青色に輝き始めた。輝く側壁と底は、バイテク珪化木で作られている。

 円状の広い空間の底の中央には、うずくまる子供くらいの大きさの丸い石があった。

 「鬼之城にあった丸い石と同じ、バイテク珪化木だわ」

 幸は腰をおろした。その隣に座った弘は、興味深そうに丸い石を矯めつ眇めつ眺めた。

 「この丸い石は、鬼之城にあった丸い石よりも、かなり高度なものだ」

 弘は、幸から聞いていた丸い石の情報と画像から比較し、この丸い石の特性などを読み取っていた。

 幸は既にバイテク蔓草に指示を出し、丸い石に刻まれている古代文字に、スキャナーをくっつけなぞっていた。

 「バイテク蔓草。スキャンしたスペクトログラムを音声に変換せよ」

 指示を受けたバイテク蔓草から別の蔓が伸び、蔓先が二股となってそれぞれ、幸の両耳に入った。イヤホンとなったその先から、鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声が聴こえてきた。聞き入る幸の顔色が変わった。唇を震わせながら言う。

 「再稼働には温羅者の遺伝子が必要だった」

 怒りと悔しさが滲む表情で弘を見た。

 「だから、猿猴者は温羅者を仕留める必要があった」

 「温羅者がいなくなれば再稼働されることはないからな」

 腹立たしそうに弘は拳を握った。

 幸は両親の事を思い出したが、ぐっと悲しみを堪え、リュックからバイテクプリズムを取り出した。丸い石の上部にある窪みに、バイテクプリズムをはめ込んだ。ぴたりと収まると、バイテクプリズムから芽が出て短い茎が伸びた。その茎先に、手の平ほどの大きさの赤色の花が咲いた。その中央目掛け、幸は一本の指を突き入れた。温羅者の遺伝子が認証され、赤色の花弁が一枚ずつ散っていく。指を抜くと、そこから茎が伸び出てきて、見る間に急伸長し、茎の先が縦穴の側壁に食い込んだ。そのまま茎は伸び続けていく。その様子から、茎の先が側壁から地中を伸びていることが窺えた。

 丸い石の下部から短い枝が伸び、そこにびっしりと蕾がつき、それらが開花した。

 「赤色の小花が咲いた。これが意味するのは、地中を伸びていた茎の先が、地上に出たという証拠」

 小花を見つめる幸の隣で、弘は息を詰めていた。

 徐々に、赤色だった小花の花弁が薄れていった。赤色から桃色に変わり、桃色から白色に変わり……

 「小花が透明になった。これが意味するのは、地上に出て伸びた茎が幹となり、大木になったという証拠。再稼働された」

 神妙な面持ちで呟いた幸が、突如立ちあがり、身を翻した。螺旋階段を駆けあがっていく。

 意表を突かれたように、弘は飛び跳ねるようにして立つと、幸の後を追いかけた。兎兎は余裕の表情で、彼らの後を追った。

 最後尾の兎兎が地上に出ると、それを感知したように、横にスライドしていた巨石が元の場所にスライドし、扉は永久に閉じられた。

 幸は、巨石の背後にある斜面からそびえ立つ大木の、樹冠の頂を見上げた。そんな幸の両脇に立った弘と兎兎も、同じように樹冠の頂を仰ぎ見た。

 閃光。

 大木の樹冠の頂から、赤色と青色と緑色の光が放たれた。上空を覆う薄雲が、光の三原色で染まる。

 「赤色は北の方角を指し、青色は南西の方角を指し、緑色は南東の方角を指している」

 空を望む幸は緊張している。

 ふっと、薄雲をそれぞれ染めあげていた光の三原色が消えた。そのように見えた直後、赤色の光は大西洋に、青色の光はインド洋に、緑色の光は太平洋に、それぞれ向かった。

 「時空の結界が張られる」

 万感の思いで呟いた幸の拳は震えていた。猿猴者たちの思いにも寄り添ったからだ。

 「これで完全に謎解きは終了だな」

 歯切れよく言った弘の顔は、晴れ晴れとしていた。

 「弘。回答書の作成をお願い。私は……」

 幸は地面に座った。

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