第38話 扉
腰をあげた幸は、イヤホンを外すと、凱旋してきた弘を笑顔で迎えた。
「弘のバイテク蔓草に、スペクトログラムを音声に変換した、猿猴者の歌声を全て送ったよ」
この発言に、弘は驚いた。古代文字は温羅者でなく猿猴者の古代文字だと、理解したからだ。
急いで弘はバイテク蔓草に指示を出し、聴いていく。その間、幸はバイテク蔓草から伸びている全ての蔓を引きちぎった。地面に落ちたイヤホンなどが枯れていく。
「バイテク蔓草。窓口役温羅者宛てのメールを声音で作成」
幸の指示を受けたバイテク蔓草から蔓が伸び、蔓先が口元に向いた。発する声は文章化され、メールが作成されていく。
「管理役温羅者の……」
言葉を止めた幸は、男性の名前を聞きそびれていることに、今になって気づいた。また、自らも名乗っていないことに思い当たる。でも、なぜか幸は笑みを零した。温かく真っ直ぐな彼の内面を感じ取ったことを思い出したからだ。
「猪突猛進か」
少々照れたように呟いた後、バイテク蔓草に指示を出し、やり直す。
「犯行声明の調査をしている管理役温羅者に転送をお願いします。内容は……」
約束通りに情報を流した幸は、バイテク蔓草に咲いた桃色の小花と甘い香りが消えると、蔓を引きちぎった。
「猿猴者が言っていた時空の結界とは、この巨石下にある時空結界装置で張られた時空の結界のことだったんだな。地球上には存在しない元素とは、世界各国で起きた事件で見つかった未知の元素のことで、時空結界装置とは現代の加速器みたいな装置だな」
感慨深げに呟いた弘は、巨石の古代文字を眺めていた。
幸は推測を口にした。
「猿猴者は、丸い石を操作することで起こる現象を知っていて利用した。時空結界装置は停止の操作がなされても、即座には停止しない。それは、時空の結界として張られていた未知の元素が、徐々に陸上に放出されるから。そのことで起こる現象が、犯行声明にあった大量殺人兵器の試験であり、世界各国で起きた事件」
苦々しい顔つきで透視するように巨石下を見つめる幸の横顔を、弘は見た。
「時空結界装置を再稼働させたいが、停止していないと再稼働できないな」
そう言って弘がはたと閃いた。
「停止したかどうかを確認する方法があるぞ。バイテク蔓草。インターネットに接続」
弘の指示を受けたバイテク蔓草に蕾がついた。それが見る間に開き、桃色の小花となって甘い香りを漂わせる。
「バイテク蔓草。ニュース一覧を表示」
指示を受けたバイテク蔓草から蔓が伸び、蔓先についた葉が細胞分裂し、五インチほどの画面に分化した。そこにニュース一覧が表示された。
弘は腕を振って、幸にも画面が見えるようにした。
画面には、変異したペットが元に戻ったというニュースや、枯れていた稲や植物が青々とした葉を茂らせたというニュースや、壊れた電子機器が使えるようになったというニュースなどなど。未知の元素によって起こった事件が、元通りになったというニュースで埋まっていた。
「元に戻ったということは、未知の元素の作用がなくなったということね。未知の元素は全て、変異を起こしていた分子構造から消えたってことで、未知の元素の存在がなくなったという証拠。それが意味するのは、張られていた未知の元素の放出が終わり、停止がなされたということだわ」
幸がきりりとした表情で弘を見た。
「再稼働だな」
弘はゴーサインというように親指を突っ立てた。頷いた幸は、巨石と地面の境目に目を落とした。
「時空結界装置を再稼働させる」
決意のこもった声を発した幸は腰を屈めると、地面に広げたままのバイテク掛軸を両手で持った。再稼働の仕方の通りに、まずは巨石の古代文字の部分にバイテク掛軸をくっつけ、そろりと両手を離し、三歩ほど後退する。弘も兎兎も見習って後ずさった。
くっつけたバイテク掛軸は、ほぼ垂直にも関わらず、そのままくっついていて、下に落ちることはなかった。
バイテク掛軸の本紙に現れていた古代文字が消え、本紙に巨石の絵だけが残ると、その絵が朱色に輝きだした。
「扉が開く」
緊張した幸や弘や兎兎が見守る中、地面が横揺れに動き出した。
しばらくして揺れが収まると、地割れするような轟音と共に、巨石がゆっくりと横にスライドした。巨石の下だった所に現れたのは、口を開けた縦穴だった。
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