第17話 謎解き
「俺の分析がすんだ」
その言葉を待っていたかのように、幸は弘を見遣った。
「右隻と左隻の本紙の表面を膜のように覆っている皺のある透明な何かの細胞は、カルスをベースにした人工植物細胞で、バイテク細胞だ。木箱の塵は植物の残骸で、貨物室にあった塵と同じものだ」
弘の報告に、幸は満足そうに口角をあげた。
「仮説が立った。あとは研究者からの分析結果で、仮説は実証され、右隻が感染源かどうかも決定する」
「それはどんな仮説だ?」
緊張した面持ちで弘が幸と目を合わせた。
「バイテク細胞にある皺だけど、これには規則性がある。皺は折目よ」
「折目?」
弘は素頓狂な声をあげた。この単語の意味することが全くわからず、想像もできないからだ。
「バイテク細胞は折り紙よ。バイテク細胞という折り紙が、皺という形でつけられている折目に沿って折られていく」
語った幸が口を閉じ、考えて言い方を変える。
「折られていくように、バイテク細胞が分化していくのよ。そして、たぶん、この右隻の折り紙は花よ」
「本物の花を咲かせるってことか?」
弘は目を丸くした。
「そうよ」
幸はしっかりと頷いた。それを見た弘は、立ち所に思いついたと、バイテク蔓草に向かって声をあげた。
「バイテク蔓草。ハンディスキャナーに分化」
弘の指示を受けたバイテク蔓草から蔓が長く伸び、蔓先に葉をつけた。その葉が細胞分裂し、葉状の平べったいスキャナーに分化する間に、弘は席を立って右隻の前に立った。本紙に近寄ると、分化したスキャナーを本紙に当て、ゆっくりと右上端から左下端まで丁寧になぞる。し終えると、急ぎ足で席に戻り、スキャナーの端につく芽を引っ張った。蔓のように長く伸びた茎を途中でちぎると、その先をパソコンの端子に差し込む。スキャンしたデータが、ハードディスクに取り込まれる。このパソコンは弘の私物で、バイオテクノロジーを駆使して改造している。
弘はインターネットを開くと、忙しく検索を始めた。折り紙ソフトを探している。最適なものを見つけると、それをダウンロードした後、スキャンしたデータから皺を折目として入力していく。しばらくして、弘は幸を見遣った。
「折り紙ソフトで、折目の展開図から、どんな折り紙ができあがるかをシミュレーションした。完成したそれは、長く伸びた太い茎の先端に咲くハスの花だった。その花の大きさは、普通のハスの花より十倍も大きな輪になった」
化け物みたいなハスの花だと言わんばかりの声をあげた弘に対し、幸はうっとりするような声を発した。
「折り紙というバイテク細胞が茎に分化し、それを伸ばし、先端に巨大なハスの花を咲かせた」
幸はソファにもたれて想像している。
メール着信音が鳴り、急いで弘はパソコンに向き直った。
「研究者からだ。バイテク細胞と木箱の塵の分析結果だ」
弘は急いでメールを読み取り、報告していく。
「木箱の塵からも、右隻のバイテク細胞からも、未知のタンパク質が検出されて未知の元素が検出された。左隻……」
「仮説は実証された」
報告途中の弘を遮って、幸は叫んだ。そんな幸の頭脳では、全てが繋がっていた。
「右隻が感染源よ」
言い切った幸は説いていく。
「木箱の塵も貨物室にあった塵も、折り紙によって咲いたハスの花の残骸よ。右隻は畳まれているという過酷な状況であったにも関わらず、バイテク細胞の折り紙によって折られるように分化した茎を、木箱の通気口からコンテナ内に伸ばし、コンテナの通気口から貨物室内に伸ばし、そこでハスの花を咲かせた。開花後、枯れた」
「枯れたから、その塵が貨物室や木箱の中にあったということだな」
悟った弘の顔を見遣りながら、幸は頷いた。
「コンテナ内にも塵はあったはず。開花してから枯れるまでの時間は、十数分程度だったと思う」
「コンテナ内に塵はあったか、確認をとる」
早口で言った弘は、段取り役温羅者宛てのメールを作成し、塵の写真を添付した。
「植物の花粉が拡散するのと同じように、ハスの花の未知のタンパク質という花粉が、貨物室内から貨物機全体に拡散した。それによって、パイロット二人は未知のタンパク質を吸い、そのことで死に至った。その後、未知のタンパク質は、貨物機が着陸してパイロット二人を搬送する際に、貨物機外に拡散し、植物を枯らした。でも、なぜ風向や地形に影響されず円状に広がり、短時間でぴたりとおさまったのか、それはまだわからない」
「パイロット二人の死因は違うし、植物を枯らした円内の住民は発症もしていないぞ」
弘が疑問を投げかけた直後、メール着信音が鳴った。パソコンに向き直った弘は、メールを開く。
「段取り役温羅者からだ。コンテナ内にも塵はあった」
報告するや否や、メール着信音が鳴り、速攻で弘はメールを開いた。
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