第18話 謎解き
「研究者からだ。右隻のバイテク細胞のゲノムに、未知の遺伝子があった。また、遺体のゲノムと枯れた植物のゲノムからも、既存の遺伝子を組み換えた未知の遺伝子が検出された」
報告した弘は、意外な展開に戸惑っている顔つきだが、幸は満足げだ。
「未知のタンパク質は、花粉のような作用をするだけでなく、ウイルスに似た作用もする。植物が枯れたのは、未知のタンパク質が受粉をしたから。パイロットが感染の症状を起こしたのは、未知のタンパク質が細胞に侵入したから」
仮説を語った幸を見遣りながら、弘は疑問を口にした。
「パイロット二名の死因が違うのはどう説明する?」
「パイロットの死因は、一見ばらばらだけど、彼らの死因には共通するものがある。それは細胞の変異よ。遺伝子組み換えが起こったといえる」
「だから、既存の遺伝子を組み換えた未知の遺伝子が検出されたのか」
頷いた幸は言葉を継ぐ。
「彼らは、未知のタンパク質ゆえの未知の作用と機能障害での死亡ということになる。彼らそれぞれの部位や発症時間が異なっていたのは、花粉症に罹る人と罹らない人や程度や治癒時間などの個人差があるように、体質や年齢や弱い部分やそのときの体調などの違いによって異なったといえる」
弘は微動だにせず、幸の推測を頭の中で展開していた。だが、どうしても理解できないことに突き当る。
「どうやって遺伝子組み換えをしたんだ? ただのタンパク質が、どのようにして遺伝子を組み換えたんだ?」
「卵が先か鶏が先か、と物議を醸すように。遺伝子が先なのかアミノ酸が先なのかタンパク質が先なのか、分らない」
謎掛けのような幸の言葉に、弘はあっけらかんの顔つきになった。
「先にアミノ酸が生まれ、それらが組み合わさって単純なタンパク質が沢山生まれた。それらタンパク質が合わさって、環境に合った生命体が生まれた。その生命体を沢山作るために、遺伝子は生まれ、ゲノムという設計図は生まれた」
幸の仮説に、弘の頭脳が動いた。
「タンパク質が遺伝子を組み換えたのではなく、タンパク質が遺伝子となって遺伝子組み換えをしたということか? そうだとしても、それは進化の過程で起こることで、こんな短時間で一気に起こることじゃない」
「このタンパク質は未知のタンパク質で、それには未知の元素がある」
幸の言葉に、弘は気づいた。
「未知のアミノ酸で構成された未知のタンパク質なら、あり得る。未知のタンパク質は、未知ゆえの作用で、未知の動く遺伝子(トランスポゾン)を生み出し、遺伝子組み換えをした」
弘の推測に、幸はその通りだと言わんばかりに、にやりとした。
「未知ゆえに、どんな作用を引き起こしても、どんな化学反応が起こっても、おかしくない。未知のタンパク質は、既存する分子と結合して今までにない新しい機能をしたり、存在する機能をより一層強める酵素の作用をしたり、働いていなかった遺伝子を活性化させたり……有り得ないような、考えられないようなことだってできるはずよ」
腰をあげた幸は、右隻の前に立った。それを目で追っていた弘は、思い出したと疑問を口にする。
「なぜパイロットだけが亡くなった? 貨物機内から未知のタンパク質が外気へ流れ出たとき、植物が枯れた円内にいた住民はなぜ大丈夫だったんだ?」
「濃度と関係があるはずよ。貨物機内では未知のタンパク質の濃度が高かった為に、パイロットは亡くなった。だけど、貨物機外に出たことで、未知のタンパク質の濃度は薄まり、植物だけを死に至らしめた」
回答した幸が、弘を見遣った。
「もしくは、より進化した未知のタンパク質が、植物だけを選択した」
真剣に言った幸が、おどけた表情になった。弘は苦笑したが、あり得るかもしれないと受け取った。
「ところで、左隻のバイテク細胞の分析結果は?」
視線を左隻に向けた幸は、左隻に歩み寄っていく。そんな幸を目で追いながら弘は報告する。
「左隻のバイテク細胞からも未知のタンパク質は検出された。だが、右隻などから検出された未知のタンパク質とは違うものだ。未知の元素は検出されていない」
「そう」
ぽつりと言った幸が腕組みをした直後、メール着信音が鳴った。
「情報役温羅者からだ。右隻の差出人と受取人がわかった」
読み取った弘は緊張した面持ちで、見つめてくる幸と目を合わせた。弘の表情から感じ取った幸が、顔を曇らせる。
「差出人の彼女は三日前に、受取人の彼は一昨日、鋭利な刃物で殺された。彼らは管理役温羅者だった」
「暗殺者」
拳を握るように声を出した幸は、弘から目を逸らすと、ソファに移動した。深くもたれると、考え込む。
管理役温羅者は、新規依頼人の調査、依頼人の管理、依頼の回答データの保存、温羅者の問題などを処理する。
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