第12話 バイテクプリズム 扉
再び進み出した幸の前方を、緑色光は照らし、道案内していく。兎兎も再び、緑色光と並んで進んでいく。
獣道をどのくらい歩いただろうか?
のぼっているのか、くだっているのか、それさえも分からなくなってきていると思い始めたとき、幸の視界が開けた。煌々とした月に照らされる渓流が見える。日はすっかり暮れている。
せせらぎ響く渓流の対岸は開かれた平坦な地面だが、その先は岩肌の断崖が聳えている。
幸が渓流の縁に立ったとき、緑色光が消え、胸ポケットにあるバイテクプリズムが青色に輝きだした。
「扉が近づいている」
胸ポケットの繊維をかいくぐった一筋の青色光が渓流に伸びた。渓流の水面から覗く岩に落ち、飛石のように点々と続く岩を照らしていく。
兎兎が追いかけて岩に飛び移った。幸も岩に飛び移り、飛石の要領で渓流を渡り、対岸につくと、青色光が照らす平坦な地面を進んだ。
「扉が間近に迫ったよ」
嬉々とした幸の声に、兎兎は足を止め振り返って仰いだ。バイテクプリズムが七色に輝いている。
幸は胸ポケットからバイテクプリズムを取り出してかざした。スペクトルが前方の断崖に放たれた。
「扉を示した」
断崖の岩肌に映ったスペクトルと重なるように、光の三原色である赤色と青色と緑色の円が岩肌に現れた。扉が呼応したのだ。
現れていた円が消えると、岩肌に映るスペクトルの光が一つずつ消えていき、最後に残った一つの光を、興味と緊張で見開く幸の目が捉えた。
「鍵は黄色光よ」
上擦った幸の声と同時に、岩肌の扉部分が黄色に輝き、岩と岩が擦れるような音が響いた。
「扉が開く」
呟いた幸は、神妙な面持ちになった。
黄色に輝く扉は横にスライドし、人一人が腰を屈めて入れるほどの空間を開けた。そこから中に入ると、感知してか、暗闇だった空間に光が差した。屈めていた腰を伸ばした幸が見上げると、土ボタルがいるかのように天井が青色に輝いている。見渡せば、がらんとした空間が広がっていた。
「天井はバイオテクノロジーで加工されている」
幸はバイテク天井から側壁、床へと視線を動かした。
「洞窟の岩は、バイテク珪化木だわ」
幸は洞窟の中央にある、棺のような長方形の木箱に近寄った。すると、手に持つバイテクプリズムが七色に輝き出した。突然のことに驚いたが、すかさずバイテクプリズムをかざした。スペクトルが木箱の蓋に放たれた。
蓋の表面に映ったスペクトルと重なるように、光の三原色である赤色と青色と緑色の円が蓋の表面に現れた。その後、それらの円が消えると、スペクトルの光が一つずつ消えていき、最後に一つの光が残った。
「鍵は橙色光。蓋が開くよ」
蓋が燃焼するかのように橙色に輝いた後、ゆっくりとスライドしていく。その蓋は、木箱の縁にくると枯れ、塵となって床に落ちた。
「これは……」
目を見張った幸は、木箱の中を覗き込んだ。
「屏風だわ。完璧な状態で保存されている。木箱はバイオテクノロジーで作られている。それだけ重要な屏風ってことだわ」
推量した幸の胸がちくりと痛んだ。父のことを思い出し、屋根裏で起こったことを思い出したからだ。
しばらく折り畳まれて横たえている屏風を見つめていたが、光が消えたバイテクプリズムを胸ポケットに仕舞うと、両手を伸ばし、屏風を抱えるようにして持ちあげた。そのとき、違和感を覚えた。
「繋がっていない?」
床に立てた屏風の両端を持って、繋がっていない画面を数えた。
「六つの画面がある。だから、これは六曲屏風。でも、なぜ画面がばらばらで繋がっていないの?」
意図がわからないと、幸は戸惑いながらも、手前にある画面の本紙を観察した。屋根裏にあった二曲屏風の本紙とは違っていた。この本紙には絵が描かれていて、それを覆うように、皺のある透明な何かの細胞で覆われている。
「何の絵だろう?」
興味を持ったが、繋がっていないため、ここで広げてみるわけにはいかない。幸は再び抱えると、洞窟から外へ出た。バイテク珪化木でできた扉の横、断崖の岩肌に、抱えていた六曲屏風を立て掛ける。
「バイテク蔓草。弘に通話」
幸は指示を出しながら、腰を屈めて洞窟の中を覗いた。待機していた兎兎が察し、洞窟の中から飛び出した。それを感知した扉が閉まっていく。もう二度と開くことはない。
「弘。洞窟で六曲屏風を見つけた」
蔓先についた小さな葉に向かって、幸は嬉しそうに言った。
「なんだ?」
訳がわからないと、弘は素頓狂な声をあげた。だが幸は、
「段取り役温羅者に、六曲屏風をこのままの状態で、弘のいる研究所に届けるよう、依頼して」
「了解」
幸が急いでいることに感づいた弘は、問い質すことなく引き受けた。そんな弘が通話を切ったらしく、幸の左耳と口元にあった小さな葉と蔓は枯れていった。
「バイテク蔓草。現在位置を弘にデータ転送」
幸の指示を受け、バイテク蔓草に蕾がついた。それが見る間に開き、桃色の小花となって甘い香りを漂わせる。
「バイテク蔓草。前方の足元を照らせ」
指示を受けたバイテク蔓草から短い蔓が伸び、蔓先に葉をつけた。その葉が一気に細胞分裂し、分厚くなったと思いきや、懐中電灯のように光が出た。足元を照らす。
幸が来た道を戻っていこうとしたとき、兎兎が幸を追い越し先頭に立った。兎兎は幸よりも、完璧に来た道を記憶していると、理解しているからだ。
兎兎の後を追う幸は、香りが消えていることに気づき、ちらりと視線を左太ももに向けた。バイテク蔓草に咲いていた小花は影も形もなかった。転送は既に完了している。
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