第11話 バイテクプリズム
「兎兎。扉へ向かうよ」
幸に応えて兎兎は、開いているファスナーからリュックの中に入った。
ファスナーを軽く閉めてリュックを背負った幸は、ヘルメットを被りバイクに跨った。アクセルグリップをぐっと回し、スピードをあげる。枯れた植物の領域から離れ、北北西に向かって走って行くと、すぐに胸ポケットに仕舞っているバイテクプリズムが、再び赤色に輝き始めた。目指す方角に入ったのだ。
にやりとそれを確認した幸は、そのまま走行し、長らく風を切って走る。
渓谷に入り、川沿いを走っていて、バイテクプリズムの色が緑色に変わった。
「扉が近づいている」
幸が目を見開いた途端、胸ポケットの繊維をかいくぐって、一筋の緑色光が川とは反対側の路肩に伸びた。
「行き先を示している」
急いで幸は、緑色光が落ちる路肩にバイクを止めた。
路肩に落ちていた緑色光が、ゆっくりと動き出し、山林の中に入った。
「誘っている」
幸はリュックを路肩に置き、ファスナーを開いた。
まだ暑さが残る日々だが、地形のせいか、日が暮れかかっているせいか、ここは過ごし易さがあった。幸がヘルメットを脱ぐと、涼風が長い黒髪の毛をなぶって通り過ぎた。
リュックから飛び出した兎兎が、緑色光目掛け山林の中へ突入した。急いでリュックを背負った幸も、薄暗い山林に足を踏み入れた。
「案内してくれるみたいね」
微笑んだ幸の前方の地面を、緑色光が懐中電灯のように照らしていた。
樹木が鬱蒼と葉を茂らせている為、光量や雨量が少ない地面には、下草がほとんど生えていない。そんな地面を照らす緑色光を頼りに、幸と兎兎は山林の中を急ぎ足で進んでいく。
つと、地面に落ちる緑色光と並んで進む兎兎が、足を止め、振り返り、鼻を鳴らした。聞き取った幸は足を止めた。緑色光も止まった。
幸はバイテク蔓草から伸びてくる蔓を見遣りながら、首筋に滲んだ汗をハンカチで拭っていく。せわしく動く幸の腕などお構いなしというように、蔓は上手くかわして伸長する。そんな蔓先が二股になり、幸の左耳と口元で小さな葉をつけた。弘からの通話だ。
「幸。研究者から、化合物の分析結果が届いた。検出された化合物は全て、未知のタンパク質だ。そして、未知のタンパク質のアミノ酸には、未知のアミノ酸が含まれていて、未知のアミノ酸からは未知の元素が検出された」
最後の単語に、幸の表情が引き締まった。
「未知の元素があることで、触媒の作用をしているとしたら……」
幸は仮説を立てていく。
「未知の元素が分子構造にあることで、未知のタンパク質は、考えられない、有り得ない、とんでもない作用を引き起こす。だが……」
首を捻った幸は、つまずいた。
「今、塵の分析結果が届いた」
そう言って弘は黙った。読み取っている。
「塵からも同じ化合物が検出され、それは同じように未知のタンパク質で、同じように未知の元素が検出された」
弘の報告に、幸の頭脳のアルゴリズムは動いた。
「ならば、感染源と思われる六曲屏風にも、同じ未知のタンパク質が存在すれば……」
仮説が成り立ちそうになってきた幸は、わくわくするように尋ねた。
「弘。今何処にいるの?」
「研究所の一室だ。コンテナの中にあった荷物の六曲屏風も一緒だ」
幸は口角をあげた。だが、逸る気持ちを抑える。
「こっちの用事が済んだら、そっちへ行く」
「了解。研究所の位置を、ナビ4としてデータ転送する」
「わかった」
幸が返事をすると、左太ももに巻いているバイテク蔓草に蕾がついた。それが見る間に開き、桃色の小花となって甘い香りを漂わせる。
「幸。夜中は気をつけろよ」
弘の気遣いに、幸は微笑んだ。
「ありがとう」
さりげなく言った幸は、蔓を引きちぎり、通話を切った。程なくして、甘い香りは消え、小花は凋落し、そこに芽がついた。この芽が、送られてきたナビ4だ。
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