第13話 黒い闇の正体
幸たちは行きよりも早く、バイクを止めてある路肩に戻った。だがすでに、家屋のない車道は街灯がともっているだけで、辺りは暗闇だった。夜空には星が煌めいている。
幸は急いで兎兎が入ったリュックを背負い、止めてあるバイクに跨ると、来た道を戻った。途中、幸は道の駅に寄った。兎兎もお腹が減っていると、鼻を鳴らしていたからだ。売店は既に閉まっていたが、リュックにはニンジンとおにぎりが入れてある。敷地にある街灯がともる脇のベンチに腰掛け、誰もいない広場を見遣りながら、兎兎と一緒に食事を済ませ、しばし休養をとる。
うつらうつらしていた幸は、兎兎が後足でベンチを連打する音で、目を見開いた。ともっていた街灯が消えている。また、嗅覚が磯の香りを捉え、ぎくりとなる。だが、気持ちを落ち着かせ、平常心で腰をあげた。
「バイテク蔓草。刃渡り十二センチのナイフと刃渡り二十センチのナイフに分化」
指示を受けたバイテク蔓草から二本の蔓が水平に伸び、それぞれが細胞分裂し、速やかに、十二センチのナイフと二十センチのナイフに分化した。それらを根元からもぎ取った幸は、十二センチのナイフを左手に、二十センチのナイフを右手に持った。刹那、右手を振りあげてナイフで骨の刀を受け止め、体を捻って左手のナイフを黒い闇に向かって突き刺した。だが、右手のナイフが骨の刀に押し遣られると同時に、突き刺したはずの左手のナイフは空を切った。黒い闇も骨の刀も、もう見当たらない。
兎兎が後足で地面を連打し、警戒音を鳴らした。
幸が振り返ると、飛び跳ねた兎兎の下を、骨の刀が斬っていく。兎兎の右横あたりの黒い闇に向かって、幸は左手のナイフを投げた。
ナイフが突き立つであろう手前で、黒い闇は消え、ナイフは空を切って地面に突き立った。そのナイフは茶色に変色し枯れた。
「バイテク蔓草。刃渡り十二センチのナイフに分化」
素早く幸は指示を出しながら、視覚を研ぎ澄まし、暗闇に紛れる黒い闇を探す。兎兎は鋭敏な嗅覚で黒い闇を追っていた。幸は兎兎の方が追跡は上であることを思い出し、兎兎の動向を窺う。
黒い闇を捉えた兎兎が鼻を鳴らした。聞き取った幸は、対面にある遠方の街灯まで、全速力で広場を走った。街灯の下にくると、くるりと向き直り、既に分化しているナイフを左手でもぎ取り、右手のナイフを地面に突き刺し損傷させ枯れさせた。
「兎兎。着いたよ」
囁くように言った幸の声を、鋭敏な兎兎の長い耳は聞き取り、特定の周波数で鼻を鳴らして返した。この特定音は、解明役温羅者には聞き取ることができる遠距離用だ。
「兎兎。わかった」
表情を引き締めた幸は、小さく見える兎兎を的とし、視線上で左手のナイフを構えた。
「兎兎。いくわよ」
幸の声を捉えた兎兎は、地面を力強く蹴って飛び跳ねた。それと共に、ナイフを構える幸の左手も上がった。兎兎を的にしているからだ。的が動く方向に、ナイフを構える幸の左手は動く。そんな左手が右に動いた。
右に避けた兎兎をかすめるように、斬ってきた骨の刀が空を切っていく。
飛び跳ねようとした兎兎が、ぎくりとしたように顎を地面に落とし、長い耳を背中にくっつけた。直後、兎兎の頭上を骨の刀がかすめていく。兎兎は身を捻りながら後足で地面を蹴り、骨の刀を前足で叩いた。いや、逃げられた。
ナイフを構える幸の左手は、忙しく動いている。
兎兎が高々と飛び跳ね、身を捻って骨の刀をかわし、地面に着地したと同時に再び飛び跳ねた。そんな兎兎の足下を、骨の刀がすれすれで空振っていく。そこを見逃さなかった兎兎が、骨の刀を後足で蹴った。骨の刀がよろけるように動いた瞬間、兎兎は黒い闇を捉え、その背後に回り込もうとした。だが、その足を止めた。黒い闇を見失ったからだ。
逃げ足の速い黒い闇に、兎兎は手を焼いている。
察した幸だが揺らぐことはなく、そのままの姿勢で神経を集中させ、兎兎を的にし続ける。
突如、兎兎がうずくまった。斬られたわけではないが、かなり疲弊しきっているように見える。だが、幸は気づいた。兎兎が左耳の穴は前方に、右耳の穴は後方に向け、黒い闇の動向を追っていることに……
刹那、骨の刀がうずくまる兎兎を斬った。いや、兎兎はすんでのところで、骨の刀をかわし、黒い闇の背後に回り込んだ。戦略に引っかかった黒い闇の油断を突いたのだ。
的である兎兎が消えた。
消えた瞬間に幸は、ナイフを投げていた。
「兎兎。射止めたよ」
幸の場所からでは、ナイフの柄が暗闇に浮かんでいるようにしか見えない。だが、そのことが、黒い闇にナイフが突き刺さっている証だ。一歩間違えば、兎兎に突き刺さるかわからない荒技だったが、彼らだからこそできた技だった。
暗闇に浮かんでいたナイフの柄が、地面に落ちた。黒い闇が地面に倒れたのだ。それと共に、消えていた兎兎が現れた。
幸は駆け寄った。
地面に横たわる黒い闇は、ヒトの形をした炭だった。
「これが暗殺者?」
あまりにも異様な姿に、幸は身震いした。そんな幸の長い黒髪を、一陣の風が弄ぶように逆撫でた。そのとき、ヒトの形をした炭の腹部にひび割れが入り、それがあっという間に放射状に流れて全身に及び、直後の突風により粉々になって暗闇に紛れた。
何もなくなった地面を、幸は呆然と見つめた。そんな地面を、兎兎が後足で弾いて音を立てた。
はっとした幸は、兎兎が鼻を鳴らす音を聞き取り、駆け出した。
「まだまだ夜中。危険よね」
急いでバイクを止めてある駐車場に戻った。
「バイテク蔓草。ナビ4を開始」
幸の指示を受けたバイテク蔓草につく芽から蔓が伸び、その蔓先についた葉が細胞分裂し、二インチほどのナビゲーション画面に分化した。そこに映る現在位置を確認した幸は、兎兎が入ったリュックを背負うと、ヘルメットを被ってバイクに跨った。もう寄り道はせず、弘がいる研究所に向かった。
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